昼休みに教室で昼食をとっていると、隣に座っている新羅が「うわぁ……」と呆れと軽蔑が同じくらい混ざり合った調子で溜め息をついた。
それを疑問に思って新羅の視線の先を見てみると、教室の窓から見えたのは静雄の一番の嫌悪の対象。そして、その彼の隣には年齢の割に少し大人びた少女がいる。ぱっとみた感じでは、なかなかお似合いのふたりではないだろうか。楽しそうに談笑している。

「本当に、男として最低だよね」
「あ?」
「あの臨也の隣にいる女の子、誰だか知っている?」

新羅のその言葉に、静雄は再び少女に目を向ける。垢ぬけた、ロングヘアの少女。スカートは適度に短いが、この学校の女子生徒の平均よりかはきちんと制服を身につけている方かもしれない。そういった外見の情報は視覚から入ってくるが、彼女の名前は知らない。まあ、静雄はこの学校で数えるくらいの人間しか名前を把握していないのだが。
眉間にしわを寄せて考える静雄を見て、新羅は「君は知らない子だろうね」と少し微笑んで言った。

「別に有名な子ではないよ。ただ、彼女の友達が問題でね」
「問題?」
「ほら、あそこにいるショートカットの女の子」

新羅の指差した方を見てみると、臨也がいる場所からいくらか離れたところにショートカットの女子生徒が立っていた。顔面は蒼白で、手にはかわいらしいお弁当をふたつ持っている。そして彼女の視線は、まっすぐと臨也とロングヘアの少女に向かっていた。
それを見て、さすがに静雄も状況を理解した。そして、同時に深い嫌悪感に襲われる。

「……反吐が出る」
「あれが最近の趣向らしいよ。ふたりの仲の良い女の子のまず片方と付き合って、次にもう片方と付き合う。さしずめ、気付いたら親友に恋人を奪われていた、という感じかな」

新羅は茶化すようにそう言ったけど、少し顔を歪ませていた。それくらい、階下の三角関係は見るに堪えないほど残酷な光景だった。
新羅はやれやれと言って肩を竦める。

「臨也が色んな女の子と付き合っているのは知っていたけど、あいつの修羅場を見たのは初めてだよ」
「初めてなのか」
「え? 何?」
「なんでもねえよ」

静雄はパンを齧りながら、ぼんやりと窓の外を見る。臨也が何度こんな馬鹿げたことを繰り返しているのかは知らないが、少なくともこの光景は静雄にはもうお馴染みのものだった。
静雄の視線に気づいたのか、渦中の黒髪の男はこちらを見上げてくる。その顔に浮かぶ冷笑を見て、静雄はこれで六回目だ、と臨也から向けられた意味深な笑みを心の中でひとつカウントした。







放課後、特に部活にも属していない静雄は、本来ならすぐに帰宅している時間だ。だが、今日は珍しく学校に残っている。女子生徒から呼び出されたからだ。
その女子生徒のことを静雄は知らなかった。自分のどこが好きになったのかも、どんなきっかけがあったのかも、彼女が口にしていた気がするけれど、もう全部忘れてしまった。名前も、学年も全部。唯一覚えているのは、去り際の女子生徒の悲痛な表情だけ。
悲しませてしまったけれど、それもしょうがないことだ。静雄が彼女の想いを受け入れても、いずれ彼女につらい思いをさせるに決まっている。静雄は彼女の告白を受けても、なんの感慨も受けなかったのだから。
ただ、気がかりがひとつ。彼女はこれから、きっと面倒に巻き込まれることとなってしまうだろう。そして、昼間のロングヘアの少女も。
多分、数日もすれば、臨也の隣にあのロングヘアの彼女はいない。代わりに、さっき静雄に好きだと言った女子生徒が頬を染めて臨也の傍らに寄り添っているはずだ。静雄に関心を持った者、関わりを持とうとした者、その中でも女子生徒は、何日も経たないうちに臨也の隣で笑っている。しかし、幸せなのはほんの少しの間で、その彼女もいずれ呆気なく捨てられ、また新しい女子生徒が臨也の隣に現れる。
それはもはや負の連鎖だ。むしろ、避けられない災害だろうか。
それもこれも、全て静雄と臨也のせいなのだ。だから、数日後に臨也の隣で笑っているだろう少女に、静雄は心の中で深い憐れみを感じる。俺たちのくだらない自尊心のために、幾人もの少女が臨也に誑かされ、最後には捨てられる。
けれど、静雄は謝るつもりはない。静雄へのあてつけのためだとしても、ほんのひとときであるとしても、彼女たちは臨也の恋人になれるのだ。それのどこに不満があるのだろう?

俺はあいつの隣で笑うことすらできないというのに。







数日後、思った通り、臨也の隣にはもうロングヘアの少女はいなかった。ロングヘアの少女とショートカットの少女は、すれ違っても目も合わせようとしない。ロングヘアの少女の目は、赤く腫れている。彼女たちふたりは、どちらも以前、静雄に告白をしてきた。そうして、結局、ふたりとも臨也に振られた。彼女たちの名前を、静雄はもう忘れてしまった。
そして、昨日静雄に告白をしてきた女子生徒は、臨也に話しかけられておずおずと言葉を返している。彼女が臨也に落ちるのはもう目前で、そして―――彼女が臨也に捨てられるのも時間の問題だろう。
窓の外の臨也は自分に夢中になっている少女を放って、にやりと静雄の燻った嫉妬の眼差しを嗤った。そして、その視線をすぐに少女へと移す。

静雄は、あまりの羨ましさに黒い感情が増幅して思わず口許を緩ませる。
ああ、羨ましい。彼女たちは臨也と付き合うことも、振られることもできるのだ。俺も臨也も馬鹿みたいなことにとらわれて、こんな遠まわしな表現でしか気持ちを伝えられないというのに。好きだの、愛しているだの、そんな簡単な言葉すら告げられないほど苦しんでいるというのに。
けれど、自分たちにはこれが精一杯な方法なのだ。遠まわしで、相手を傷つけるだけの方法でしか想いを伝えられない。ひとはそれを見て、きっと愚かだと笑うのだろう。
静雄は窓の外から目を離し、教室の中をぐるりと見回す。すると、たまたまこっちを見ていたポニーテールの少女と、ばちりと目が合った。
だから、静雄はポニーテールの彼女に極上の笑みを浮かべてやった。一瞬にして頬を染める少女を憎悪し貶めるだろうあの男の、暗い独占欲を感じるために。



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