プロローグにかえて 風が強い。閉めきったマンションの室内に暴れるような風の音が響いた。それはある男の絶対的な暴力のように圧倒されるものではあるけれど、見ているこちらにある種の感嘆を抱かせるようなものではない。 暴風はなにか大変なことがおきる前の予兆みたいだ、と新羅は思う。少なくともフィクションにおいてはそうだし、きっと今この瞬間目の前にあるノンフィクションにもそれは当てはまるのだろう。 目の前にいる、ひどく憔悴した男を見る限りは。 「今日は風が強いね」 「…………」 彼は少し暗い顔をしてリビングの椅子に座っている。その姿はまるで弱々しい少年のようで、失礼だけどひどく新鮮味があって面白かった。彼と初めて会ったのは中学生の時だが、その頃だって彼はそんな顔なんか滅多にせず、いつもひどく大人じみた顔をしていたと新羅は記憶している。 「そろそろ、来ると思っていたよ」 「どうして、そう思ったの」 「夏だからね。君はすぐに音をあげるだろうと思っていた」 夏は嵐の季節、暑さで思考が融けてしまう季節。この男もその他大勢のように、夏の厳しい暑さと嵐にやられてしまったのだろう。策士、策を弄し策に溺れる。今の彼にそれ以上ぴったりな言葉はあるまい。 「……もっとさ、俺は君の忠告を聞くべきだったのかもしれないね」 「過去のことを悔やんでも仕方ないし、それに君は言ったじゃないか。『それができるものなら、とうにしているさ』って」 「ああ、そんなことも言ったね。あれから、まだ1ヶ月も過ぎていない。信じられないよ」 彼は深くため息を吐き、ひどく疲れたような笑みを浮かべる。そんな彼に新羅は濃いコーヒーを一杯淹れてやった。 「さて、僕に会いに来たということは全てを話しにきたんだろう? 君が何故柄にもなくそれほど憔悴しているのか、前回僕と会った時から今まで君になにがあったのか、そして君にとってこの1ヶ月はなんだったのか」 新羅は自分のコーヒーをひとくち飲む。口の中に広がる苦味を心地よく思いながら、それ以上に苦い思いをしているであろう哀れな策士に、ふわりと優しく笑いかけてやった。 「1ヶ月の間、静雄の友達をやってみて、君はなにを思い、なにを感じたの?」 |