人嫌いの性格ゆえ、こんな山里離れた場所に住まいを構えている。仕事上のパートナーに言わせて見れば、確かにここはただ退屈なだけの田舎かもしれない。だが、六臂は退屈が嫌いではなかった。別段、好んでもいなかったが。 「ねえ、そろそろこっちに戻ってきなよ」 目の前のある薄型のノートパソコンに映っているのは、六臂と同じ顔をした秀麗な男。折原臨也、彼が六臂の仕事上のパートナーである。 六臂は嫌そうに瞳を細めて、画面に向かって返答をした。 「都心にはあんたがいるから、別に俺がいなくてもいいだろう?」 「確かにそうだけど、俺だったら今の君の境遇に耐えられないな」 「価値観の相違だね。俺はあんたの住んでいる場所の方が嫌いだ。それに、こうやってネットは繋がるんだから、仕事上問題はないだろ」 「まあ、そうだけどさ。でも、できればネットを通したくない案件もあるからねぇ」 はぁ、と臨也がため息を吐くのに、少しだけ罪悪感がした。 六臂が都会の人混みを嫌って辺境の地にやってきたのは一週間ほど前のことだ。離れて住んでいれば、自然と情報伝達の手段は限られてくる。そしてそれらは外部に漏れる可能性が否めない。ネットでも郵送でも、六臂に届くまでに傍受される危険性が高いのだ。 だから、ここ一週間は大きな案件を全て臨也が片付けている。そのせいか、彼の目の下にはくっきりと疲れが滲んでいた。 「……悪い」 「ああ、いいよ別に。君の言った通り、俺たちは価値観が一緒なわけではないからね。君が嫌悪する場所にいたくないという気持ちはよくわかる。俺も君がいるような田舎になんて、一日もいたくないから」 それにね、と臨也は少し弾んだ声で言った。 「君に機密書類を送る対策はしっかり立てたから」 「へえ……どんな?」 「最近優秀な配達屋と知り合ったんだよね。絶対安全、国内各地に秘密裏に配達をしてくれるなかなか信用の置ける男みたいだ」 「運び屋みたいなやつ?」 「いいや、彼は『自分は郵便配達員です』と言っていたよ」 臨也はそう言うと、何故だかくすくすと笑う。それに訝しげな目を向ければ、画面の先の自分と同じ顔は口許を吊り上げて笑った。 「多かれ少なかれ、彼は君には刺激的かもね」 「は?」 「なんでもないよ。とりあえず、君に悪影響はなんにもない。君はただ優秀な配達人から資料を受け取って、迅速にその処理をしてくれればいいんだ」 あとは好きなようにして。臨也はそう言うと、通信の接続を切った。 残された六臂は臨也の言葉の意味を考えつつも、じきに興味を無くして、溜まっている作業の処理に移る。臨也が寄越すというその「郵便配達員」というのがいかなる人物でも、六臂は一向に構わなかった。できるだけ面倒じゃない人間の方がいいとは思うが、どちらにせよ六臂はその人物と仕事以上のかかわり合いを持つつもりはない。どうせ配達にくるだけなのだ、嫌になったら玄関の扉を閉めてしまえばいい。 人間を嫌うようになったのはパートナーの影響なのか。数少ない知人にそれを聞かれることがあるが、実は六臂にもよくわかっていない。ただ、原因がどこにあろうと、今の六臂は矯正不可能なほどにひとを嫌い、ひとが集まる都会を憎んでいる。それだけは確かだった。 作業は大したことなく、数時間で片付いた。暇潰しに書架から本を数冊抜き出し、ぱらぱらとページをめくる。六臂は本が嫌いじゃない。それを作り出しているのは六臂が嫌いな人間であるが、とてもそうは思えないほどこの文字の羅列の世界は魅力的だった。 本当に、何度、本の中に入ってしまいたいと思ったことか。 「すいませーん」 物語が、ぴたりと止まる。文字の中にどっぷり浸かっていた六臂の思考を邪魔したのは、意外と魅力的で、まるでフィクションのように爽やかな声だった。 六臂は本を閉じる。ちっとも躊躇わず、まるで衝動に従うかのように。彼は何かに集中しているときにそれを邪魔されるのをひどく嫌うが、何故だか今回は驚くほど冷静なまま、声のした方へと向かって行った。 広い玄関の重厚な扉を開けた先には、爽やかに笑う青年がひとりいた。 彼は肩に下げたショルダーバッグから茶封筒を取り出すと、にっこりと特上の笑みを口許に浮かべて、言った。 「お届け物です」 途端、足元が崩れ落ちるような心地に陥った。今までの自分の全てを否定されるような、強烈な衝撃。目の奥がチカチカと光り、頭はぐらぐらと揺れた。 なるほど、パートナーはおそらく六臂がこうなることを予想していたのか。だからあんな不敵な顔で、「あとは好きなようにして」などとのたまったのだ。 悪戯か、優しさか。どちらにせよ、せっかくの引っ越し祝いだ、送り主の言葉通り、好きなようにやらせてもらおう。六臂は久しぶりに仏頂面を緩め、口許にぎこちない笑みを浮かべた。 「……遠いところからわざわざ来たんだ、紅茶でも一杯どう?」 「いいんですか?」 嬉しそうに微笑む彼に、六臂はまたくらりと目眩を感じる。こんな発熱するような感情も、誰かを自宅に招き入れるような行動も、生まれてはじめての経験だった。 それも悪くない、だなんて偏屈な自分が思うほどだ、ひとめぼれというものは至極厄介なものである。 ひとめ見た瞬間に罹患 back |