今年も夏がきた。静雄は夏があまり好きではない。いつもバーテン服を着ているから意外に思われるが、暑さに弱い方なのだ。
仕事柄毎日のように外を歩き回るものだから、いくら予防を万全にしても、大抵年に一度くらいひどい夏バテになってしまう。今がまさにそうだった。
笑ってしまう。学生の頃はどんなに天敵を追い回していても、夏バテでこうして一日中横になるようなことはなかった。不思議なもので、追いかけっこの途中、静雄が暑さで目眩を感じると、臨也は日陰や涼しい場所に逃げていく。まるでそう誘導されているような気もしたが、そんなことをしても臨也には一片の利益にもならないのだ、きっと静雄の思い過ごしだろう。

それはともあれ、静雄が勤めるようになってから、毎年のようにある不可解なことが起きている。季節はちょうど今頃、更に条件を限定すると、静雄が夏バテで体調を崩すまさに今のような時だ。
ピンポーンと一回インターホンが鳴る。静雄はよたよたと起き上がって玄関に向かいながら、「今年もか」とぽつりと呟いた。

「やあ、死にかけているシズちゃんを見に来たよ」

そう、ドアの向こうに立っている折原臨也は、年に一度、何故だか静雄が夏バテで苦しんでいるときにだけ、こうやって静雄の家に訪れるのだった。










「シズちゃんなんか食べたの? どうせ君のことだから億劫でろくに食べてないんだろ。馬鹿じゃないの? 体調を崩したときこそ健康な食生活が鉄則でしょ」

臨也はいつもと変わらず言いたいことを好きなだけ言い放ちながら、静雄の家の台所で料理をしている。包丁で器用に野菜を切る音に、なんかこいつは母親みたいだなとぼんやり思った。
前に看病してもらったときにそれをそのまま正直に告げたら、何だか奇妙な顔をされたと記憶している。確か、「お母さんとかあんまり嬉しくないんだけど。せめていい夫になるねとか言ってよ」とブツブツ言っていた。

「ほら、ちょっとでもいいから食べなよ。せっかく俺が作ってあげたんだから」

差し出された土鍋には野菜がたっぷり入ったおじや。香ばしいにおいに、少しだけ食欲が沸いた。お椀によそってゆっくりと食べ始める静雄を、臨也はやけにほっとした顔で見つめている。
臨也はきっと、年に一度のこの看病で静雄への優しさを全て使いきっているのだ。静雄は以前、臨也の甲斐甲斐しい看病をそう結論付けたことがある。だってそれほどこの時の臨也は優しくて、思わず静雄は臨也に全てを任してしまいそうになった。
ご飯を作ってもらって、汗を拭ってもらって、治りかけてきたら美味しいカルピスをいれてくれる。それを見て臨也がまるで母親のようだと感じたと彼に言ったことはあるが、もうひとつ感じたことは一生口から出すつもりはない。まるで―――彼が恋人かなにかのように感じただなんて言ったら、きっと年に一度の優しさは来年からはなくなってしまうだろう。そんな予感をひしひしと感じていた。

「さ、ご飯も食べたし、水分補給もしたし、そろそろ寝な。なんて、俺が言わなくてももう眠そうだね」

くすくすと笑う臨也の声がひどく心地よい。いつもは静雄を嘲るような声色で話すくせに、こういうときだけ彼の声は甘い音を孕んでいる。ずるいやつだ、と寝ぼけてぼんやりとした頭で静雄は思う。まるでひとが弱った隙につけいる悪魔のようだ。優しい声は今の自分には毒に近い。
布団に横たわれば、臨也はすぐにタオルケットをかけてくれる。彼は虚ろな静雄の瞳を見ながら、壊れ物に触れるような加減で静雄の頭を撫でた。

「臨也……」
「んー?」
「ありがと、な」

相手が悪魔だろうとなんであろうと、体を壊したときに優しく看病をしてくれたことには違いない。それが嬉しくて、静雄は明日にはもう優しくなくなっているだろう男に僅かに表情を緩めて礼を言う。

「こちらこそ」

臨也の返事を聞き、意識がぷつりと切れるその直前、甘く毒のような声を耳にしたような気がした。


そうやってらしくなく微笑む君が見たくて俺は毎年のように君の看病に来ている。そう告げたら、君は笑ってくれるだろうか。



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