いつものように睨み合って、
いつものようにうやむやに終わる。
いや、終わりなど、今まで無かったのかもしれない。臨也に初めて切りつけられた時から、こうやって逃げられた現在を通り、先の見えない未来までずっとずっと続けられる風景なのかもしれない。
静雄は思う。いつになったら戦争は終わるのだろう、と。
静雄は願う。いっそ退屈なほどの平穏を。
もしかしたら、無い物ねだりなのかもしれないが、それでも静雄は暴力のない世界を恋慕わずにはいられなかった。






そんなことまで考えた時、全ては終わっていた。
倒れ伏す男たち。それを見ただけで煙草が恋しくなった。だが、あいにく箱の中は空っぽで、コンビニに行くような気分でもない。
何処か、高いところに行きたいな。
ふと思いついた気分転換方法は、思いの外魅力的に感じられた。学生時代によく行った屋上の面影を探し、静雄はビルとビルの間を進む。人気の無い裏路地と老朽化したビルを通り抜け、ひとつ候補を見つけた。
池袋でなくても存在していそうなありふれた三階建てのビル。
ちょうどいいかな、静雄はそう思い、非常階段を昇る。
屋上に到達し、人目を避けるように隅の方に行く。そのままごろんと横になり、空を仰げば、灰色の雲が目に入った。

「きたねぇ空」

今の俺の心境にぴったりだ。静雄は自嘲気味に笑った。
心中は暗雲に満ちている。ならば、暴力を振るわなければ良いものを、静雄の選ぶ道は結局“暴力”なのだ。
ただ、ひとつ言えるのは、こんな風になってしまったのは、ひとえに静雄のせいだけではないということだ。忌々しさと共に、ひとりの男の顔が思い浮かぶ。
非常に整った顔立ちは、女からとても好まれるのだろう。臨也に固定の恋人ができたという話は聞かないが、多分、それらしきものはいる筈だ。それについて思うことはあまりない。臨也に騙されている少女たちは、無意識であってもそれを望んでいるのだ。臨也がその本性を隠し、ばかみたいに甘ったるい笑顔を浮かべるのを期待している。そもそも、見も知らずの人ひとりひとりを心配するような余裕は静雄にはない。好んで臨也の傍にいるならば、ある程度彼女たちにも責任がある。嫌なら、関係を絶てばいい。臨也は眉ひとつ動かずに「そう」と微笑むだけで、彼との関係を後腐れの欠片も何もなく終わらせることができる。

いや、できないのか。

静雄が暴力から逃げられないように、少女たちも臨也の甘く残酷な嘘から逃れることができない。不思議なもので、臨也が静雄と少女たちに与えるものは正反対だし、受け取り方もまた同様に異なっているのにもかかわらず、彼らが解放されることのないものの根源には――臨也がいる。

「隙だらけだよ」

突然の臨也の声に、しかしながら、何でいるのか? など頭の片隅にも浮かばなかった。ああ、やっぱりいたのか、と思っただけだ。

「あれ、驚かないの? 俺がここにいること」
「あれだけ盛大なプレゼントを久々に貰えば、反応をうかがって贈り主が来るかもな、って思ってたしな」
「わあっ。シズちゃんにしては論理的な説明。どうしたの? 頭でも殴られたとか?」
「今回のプレゼントも最低だった。二度と寄越すな」

臨也は何故か、静雄をまじまじと見てくる。皮肉の色が無い、純粋な赤色の瞳。ぼんやりと、結構綺麗だな、と思った。

「……シズちゃん」
「あんだよ。またしらばっくれるつもりか。誤魔化そうとしたって――」

「疲れちゃった?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。ただ、それを言われた静雄の顔は、見捨てられた子供のように悲しみに歪んだ。どうしてかはわからない。けれど、たとえ相手が臨也であろうと、静雄は「いらない」とは言われたくなかったのかもしれない。

「つまんないなぁ」

臨也はくるりと、静雄に背を向ける。それに傷つく自分が知れない。何でだよ。さっきまであんなに、暴力から、臨也から解放されたいと思っていたじゃないか!

「でもね、シズちゃんはもっと俺に悔しいと思わなきゃ、いけないんだよねー」

何も喋らない静雄に、臨也は朗々と語る。ぴくりと静雄の肩が動いたのを確認し、身体を起こしてうつむく彼の正面に立つ。いつもは見上げる形の長身の身体が、今日は何だか小さく見えた。

「だからさ、休戦、しない?」

驚いたように顔を上げる静雄を見れば、子供のように幼い表情。彼は初めてその力を発揮した「あの時」以来、停滞しているのかもしれないな。臨也はそのことを少し不満に思う。今の俺がその時彼の傍にいたら、確実に最大の駒にできただろうに。

「休戦?」
「そ。戦争はお休み。そんな腑抜けなシズちゃんに勝ったって、俺は満足できないしね」

よいしょ、と臨也は静雄の隣に腰を下ろした。

「何で座ってんだよ!」
「はーいストップ。休戦中は喧嘩しちゃ駄目でしょ? 何なら、さっきみたいにごろごろしてても良いよ。寝顔の写真撮って売ったりしないから」
「うるせえっ。休戦とか俺には必要なんか――」

途端に視界が暗くなる。男にしては綺麗で、思ったより大きかった手が静雄の目を隠した。抵抗ができないのは、その手が暖かく、――とても優しかったからだ。

「君も見えない。俺も見えない。世界中の人間なんて尚更だよ」

その言葉に頭が真っ白になり、涙を流していることすら認識できないまま、意識はブラックアウトした。






泣き疲れて眠った静雄の頭を片膝に乗せ、臨也はこの屋上で見た最初の静雄を回想する。
覇気の無い顔。
思わず、飛び降りる気か? と勘違いしてしまったほど、悲愴な表情をしていた。
臨也の軽口に怒鳴らず、ただ淡々と事後報告をする静雄に、臨也は危ないな、と思った。このままじゃ壊れる。

「それをずっと望んでいた、筈なのにねぇ」

どうして、この憐れな化け物を助けてやろうと思ったのか。
張り合い? 果たして自分が求めているのはそんなものなのか。
やっぱり、さっきの言葉は取り消しだ。臨也は意外に可愛らしい化け物の寝顔を見て、優しく髪をすいてやる。たとえ、静雄の転換期に立ち会ったとしても、臨也は静雄を最大の駒にできないだろう。
それどころか、傷付かないように、大切に大切にしまってしまうかもしれない。今よりも過保護に、そして今よりも正直に。
そう、桁外れな暴力や、射殺されるような視線ではない。臨也が本当に静雄の苦手としているのは、子どものように純粋で、だからこそ傷つけられている無垢な心なのだろう。
臨也は苦笑する。何故俺は、憐れな金髪の子供を傷付けないようにと、ここまで心を割いているのだろう、と。
答えを認識するのは癪なので、それから目をそらして空を見る。

「良い天気」

雲は晴れ、澄みきった青空がどこまでも続いていた。
まるで、シズちゃんみたい。
そう呟いた言葉は誰にも聞かれず、何も残らず消えていった。





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