少しだけ、互いに素直に


 夕方にもなると、学校に残っているのは極少数の生徒と教師たちだけだ。なぜなら今、テスト期間なのだから。
 だからこそ、それを良いように使う人間もいるわけで――。

「ちょっとシズちゃん、いつまでそうしてるわけ?」

 保険医のいないこの保健室の一角はカーテンで仕切られている。臨也がまた、よく回る口を使い保険医を出してから数時間。臨也と静雄はここでとんでもなく甘ったるい行為にしたっていた。
 理性と言う名の羞恥を取り戻した静雄は、綿が潰れ薄くなった布団を体に巻き付ける――まるで金髪の雪だるまがベッドの上にいるかのような状態だった。髪の隙間から見える耳は赤く、首にはうっすらと赤い物が見える。静雄の場合、こんなものはもうあとどれだけかで消えてしまうのだろう。
 臨也がもう一度名を呼ぶ。ゆっくりと、薄く赤に染まった顔をこちらに向け睨み付けてきた。

「……うるせぇ、腰いてぇ」
「教室でしたときよりマシでしょ?」

 ぼんっ、と更に顔が赤くなる。本当に恥ずかしがり屋だな、と毎度毎度臨也は思う。
 元の姿勢に戻った静雄を、後ろから臨也は抱き締め髪に何度も口付ける。くすぐったさに身を捩らせると耳に口付けられた。

「アハハ、シズちゃん耳熱いねー」

 悪戯に言う臨也に、静雄は舌を打った。まるで誰のせいだと責めているようだ。
 臨也が布団ごと静雄を抱き締める。布団越しに感じる力強さに、胸が苦しくなった。なぜこういうときだけ優しいのだろう、あれだけの差し金を向けているのに――臨也は矛盾している。しかし、難しいことはよくわからない静雄は、それ以上考えられなかった。
 静雄が臨也の名を呼ぶと、綺麗な音色で尋ねられる。

「……手前、暑くねえのか」
「まぁ、多少はねぇ。でもシズちゃん布団取ってくれないし」
「じゃあ離れろよ」

 睨み付けてやった。いつもの様に、いつも喧嘩をしてるときと同じ様にして。しかし臨也は綺麗に笑うではないか。不敵の笑みともとれるそんな表情をして嫌だと、はっきりと否定する。

「だってなかなか近づけないからね。喧嘩中に近づけば殺されかねないし……だから、こういうときぐらい近くで君を見たいんだよ。その綺麗な顔も、俺だけを見る目も、俺の名前を呼ぶ口を、俺を追いかけるときに風で揺らめく髪も」

 静雄の殺気が込められていた目が驚きによって見開かれた。
 暫くすると聞き違いだと静雄は思いたいのだろうか、首を小さく、弱々しく横に振る。その顔は、少しずつ信じられないと言う。

「間近で、シズちゃんを見たいんだ、感じたいんだ、全部……全部をね」

 やめてくれ、心臓がもたない。
 静雄の顔は心拍数を上げるのと比例して赤くなっていった。目も少し涙が滲んでいる。これ以上何か言うと泣き出してしまうのではないだろうか。
 臨也は抱き締める腕を解くと、布団に手をかける。それは案外あっさりと取れて、情事後のままの上半身が露になった。沢山付けたはずの真っ赤な痕は、もううっすらとしか残っていななかった。それを臨也は残念だと言わんばかりに眉を下げて笑う。

「シズちゃん……」

 静雄は何も話さない。
 その唇に臨也は短く口付けてやる。ぽろりと、涙が頬を伝った。手をその頬に添えて涙を拭い、もう一度口付ける。今度は深く、深く――お互いを感じるようにして、二人は舌を絡める。静かな部屋に響く水音が耳に嫌なほど入ってくる。しかし今そんなこと二人に関係ないと言うように、お互いを感じ、喜んでいる。
 ようやく離れた頃には、二人は荒く呼吸をしていて、静雄はと言うと未だに顔は赤い。
 一足早く呼吸を整えた臨也が、静雄の額に口付けて微笑む。

「愛してるよ」

 体の芯まで満たされるような心地になった。
 思わず静雄は泣き出してしまう。情けないとわかってはいても、涙が止まるように目を擦っても、それは止まない。寧ろ酷くなる一方。
 臨也は静雄を静止させる。ぽたりぽたりと涙が流れているのを動物が飼い主を宥めるようにして舐めとる。顔の熱は上がる一方。心臓は驚きに一瞬振動を強くする。
 さすがにそろそろ羞恥が心を支配し始めた。

「も、止めろっ……」
「綺麗にしてあげてるのに?」
「良いから! あぁ、くそっ、ちくしょう」

 顔の熱を冷ますためにカーテンの向こうにある窓を開けた。涼しい風が頬を撫で気持ちがいい。ふう、と一息吐くと、後ろから抱き着かれた。

「臨也、離せって」
「いーやー」
「……手前はガキかよ」

 静雄の言葉に臨也がピクリと反応したかと思えば、腕がするりと離れていった。
 そのまま動かないと思っていた静雄は、不思議に感じ振り返る。小さく名前を呼んでみるが、うつ向いてまま彼は返事をしてくれない。傷つけてしまっただろうかと、不安になった。手をゆっくり伸ばして、もう一度名前を呼んだ、震える声で。もう少しで頬に触れる、そんな距離まで近づいた途端、手を引かれ正面から抱き締められてしまった。くすくすと、楽しげに笑う臨也が目に入ると馬鹿にされてる気分になった。

「てめっ」
「ごめんごめん、だっていつも気づく君が気づかないんだもん、笑っちゃうよ」

 顔を俯かせ悔しさに舌を鳴らす。先程の震えた自分の声を思い出して頬がまた熱くなる。

「俺に嫌われるのが、そんなに不安だった?」
「……ちげぇ」
「因に俺は不安だよ」

 その言葉に顔をあげた。
 赤の瞳がジッと静雄を見る。しかしそれはどこか弱々しい。その弱々しさは、口からも溢れ出た。

「シズちゃんが、俺に対して無関心になって、別の人間に目を向けて、愛を口にするなんて、辛くて死にたくなる……君は、俺だけを見てればいい、どんな形でも」

 沈黙した。
 静雄は何も口にしない。不安を告げた臨也もまた、何も口にしなかった。
 ただその代わり、静雄は彼を抱き締めた。加減を知らない静雄は、それでも痛くないように痛くないように、しかし強く強く抱き締める。

「……シズちゃん?」

 沈黙を破って、呼びかける。静雄が口を開けた。

「俺は、手前しか見ねぇよ、死ぬまでな。手前も死ぬまで俺を見ろ」
「……アハハ」

 抱き締め返してくる腕は、とても強かった。

「死ぬまで? 何言ってんの。死んだあとも、でしょ?」

 ニヤリと悪戯に笑うソレは、いつもの臨也だった。







(愛してるよ)
(……お、俺だって)
(だって?)
(あ、あい……あい、し……)
(うんうん)
(しねっ!)
(シズちゃん頑張ってね)




このまさんから頂いた相互記念文。あまりに甘いふたりがかわいくてたまりませんよこのま神。学校でいちゃつく臨静とかドストライクなので、このサイトにて大切に飾らせていただきます。家宝です(笑)
リクエストに応えていただき、本当にありがとうございました!!








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