!一応「写真部静雄シリーズ」ですが、静雄さんが写真部なお話と思っていただければ良いと思います。


水中をするすると泳いでいく魚を見ていると、夏でもひんやりと涼しい気分になる。高校生になってまでなにが遠足だ、なにが水族館だ、なんて思っていたが、その見識を改めようと思う。臨也が色の淡い熱帯魚をぼんやりと見ていると、パシャっと小さなシャッター音が彼の鼓膜をわずかに揺らした。

「あれ、インスタントカメラ?」

静雄が手にしているカメラを指差し、臨也は不思議そうな声を出す。静雄が写真部に入ってから一年弱、彼はずっとデジタルカメラを使っていた。だから、今日の遠足にもいつもの赤いカメラを持ってくると思っていたのだ。
すると静雄はインスタントカメラを大切そうに両手で持ち、得意げに笑った。

「今日は久しぶりに遠出だしな。旅行って言ったらインスタントカメラだろ」
「じゃあ、修学旅行にもそれを持って行くの?」
「多分。それまでにバイト代で一眼レフが買えればいいけどな」

静雄は二年生になってからカメラ専門店でアルバイトをはじめていた。そこでまたカメラについて色々教わってきているらしい。一度バイト先まで押しかけて行ったことがあるが、カメラの整備をしている彼の綺麗な手にはぞくりと背筋が震えた。

「インスタントカメラは現像すると、デジタルカメラの印刷よりも仕上がりがいいから。明度やズームとかの機能は劣るけど、だからこそ自然な写真が撮れると思う」
「へえ」
「なにより、インスタントカメラは撮った写真を消去できない。だから、一枚一枚を大切に撮ることができる」

カメラを構える静雄の茶色の瞳はひどく真っ直ぐだ。フレームの先の対象物から片時も目を離さず、まるで恋するかのような視線を送る。臨也は、この瞳にどうしようもなく惹かれたのだ。

「うまく撮れたかな?」

臨也がそう問いかけると、静雄は得意げに笑った。

「多分な」









後日の放課後、臨也はこじんまりとした写真部の部室を訪ねた。今日は静雄だけらしい。彼は先日のインスタントカメラを片手に持って、パイプ椅子の上でうーんと唸っていた。

「シズちゃん」
「……臨也か」

静雄は臨也の姿を認めると微かに微笑んだ。それは彼と恋人という関係を結んでから時々見られるようになった表情で、臨也は未だに慣れていない。少し速くなる鼓動を片手で宥めつつ、臨也はにこりと笑い返した。

「それ、この間の遠足の時のカメラだよね」
「ああ」
「現像しないの?」

臨也のその言葉に、静雄は少し困ったような顔をする。それからすぐにカメラをずいっと手渡された。

「ああ、そういうこと」

カメラには1の数字。言わずもがな、それはインスタントカメラの残量である。静雄のことだ、最後の一枚になにを撮ればいいのか迷っているのだろう。

「やっぱり最後は一番良い写真で締めくくりたいんだよなぁ」
「なるほどね、それもインスタントカメラの楽しみかな?」
「難しさでもあるけどな。でも、まあ、せっかく被写体が来てくれたんだ、お前を撮るよ」

静雄はそっけなくそう言った。それが照れ隠しであるという事実や、最後の一枚を臨也にしたいという彼の気持ちは非常に嬉しいが、ここはそれらを裏切らせてもらおう。
臨也は手早く静雄の後頭部を片手で掴み、驚く静雄に構わず噛みつくように唇を重ねる。温かな口内と必死な静雄の顔に夢中になって我を忘れかけていたが、すぐに本来の目的を思い出し―――左手を高く掲げた。

パシャッ

「……なっ」
「おっと」

シャッター音を聞いて、静雄は我に返ったらしい。慌てて臨也を突き飛ばそうとしたが、それはあえなく避けられる。
白昼堂々、しかも学校で、この男はこんな艶めいたキスを仕掛けてきたのだ。しかもそれを写真に収めるなんて。怒りと羞恥で静雄の顔は真っ赤に染まった。

「臨也! てめえ……っ」
「はいはいごめんなさいねー。それよりさ」

臨也は残量がなくなったカメラを静雄の手に握らせ、歌うように囁いた。

「うまく、撮れたかな?」

静雄はまだ赤い顔で臨也を睨みながら、そっけなく言い放つ。

「当たり前だろ」





インスタントカメラ






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