冷たい風が吹く今日の朝はまるで冬のようだ。少し前までの融けるくらいの暑さはなんだったのか。無意味だけど、気候に対して文句を言いたい気分になる。


「おはよ、少し寒いね」


校門に辿り着いた時、臨也は級友である岸谷新羅に後ろから声をかけられた。
振り向くと、先週まで半袖だった新羅は紺色のセーターを来ている。ブレザーを着るにはまだ少し暑い気温の中、それは賢明な判断だろう。かくいう臨也も似たようなセーターを着ていた。


「全く、急に寒くなるのは面倒だよ」
「そうだね。でも臨也はいいじゃないか」
「何が?」
「猛暑の中で静雄と追いかけっこするより、断然マシでしょ?」
「あー、確かに」
「あはは、やっぱり夏が終わっても懲りないねぇ」


君たちは卒業するまでこうなのかな? と臨也と静雄を引き合わせた当の本人が笑って言った。
それは確実なことだと臨也は思う。その他の選択肢はどちらかの死、あるいは存在の無視。おそらく短気な静雄に、臨也を無視することなどできないだろう。臨也は臨也で静雄を無視することなんて不可能だ。気分のいいことではないけれど、臨也は静雄に執着とか依存といった感情を抱いていた。
これを恋慕に昇華させるには、おそらく自分に純情さが足りない。もう少し自分が素直ならばと、考えては口許に嘲笑を浮かべた。もしそうならば、初対面にあんな行動を取らなかっただろう。ナイフで切りかかるとか、自らの初恋を自ら手折るようなものではないか。
臨也は小さくため息を吐く。それは新羅にも気づかれないような微かな吐息。
そう、誰ひとりとすら、臨也の恋に気づいている者はいない。


「ところで、今日はひとりなの?」


いつも隣にいるはずの金髪はどこにいるのか、とさりげなく聞いてみると、新羅はおかしそうに笑った。


「静雄さ、朝から委員会の仕事があるんだって」
「シズちゃんが? 周りの生徒が怖がるだろうに」
「彼は結構真面目だからねぇ。ま、普段は静かでおとなしいから数分経てば慣れるさ」


ふーんとどうでもよさそうに返事をするが、臨也は内心少し焦っていた。
普段は臨也が牽制をしていたから目立たないが、あれで静雄は結構モテる。まさかとは思うが、その短時間で彼に好意を向ける輩もいるかもしれない。
そう思ってイライラとしていると、あ、と新羅が小さく声を上げた。


「噂をすればなんとやら」


新羅の苦笑した顔の先を見れば、そこには静雄がいる。
普段通りの金髪、長身、そして臨也を見ると額に現れる青筋。
新羅が隣であちゃあ、と言った気がしたが、臨也はそんなことをまるで気にしなかった。いや、気にすることができなかった。


「臨也ァ、手前にちょっと聞きたいことがある」
「……」
「なに臨也、また静雄に何かしたの? 飽きないねえ」
「……」


いつもはぺらぺらとうるさい臨也の口は、今日に限っていたく静かだ。静雄と新羅は互いに顔を合わせる。そして二人揃って、微かに首をかしげた。


「……シズちゃん」
「え、あ? 何だ、手前? ついにおかしくなったのか」


ぴくりとも動かない臨也に、静雄は困ったような顔をする。
いつだって、臨也は静雄に害をなす行為しかしてこなかった。からかい、陥れ、罵り、嘲笑う。いつも見下すような笑みしか向けてこない臨也が、何でこんな真摯な目をしているのだろう? 
その真剣な赤い瞳に、背筋がぞわりと震えた。


「今週末……、いや、それじゃあ遅いな」
「は?」
「ねえ、今日の放課後あいてる?」
「……手前が刺客のように送ってくる不良どものせいで、いつも放課後は予約満員だよこのノミ蟲」
「あぁ、ならそれがなければフリーなんだね」


精一杯言った静雄の嫌味をさらりと受け流し、臨也は携帯電話で素早くメールを打つ。しかし、カチカチという音が急にぴたりと止まったかと思えば、臨也は突然自分の携帯を乱暴に鞄に放り込み、空いた手で静雄の手を強引に引いた。


「い、臨也?」
「ごめん、やっぱ放課後まで待てない。授業をサボって、今から行こう」
「どこにだよ?」
「デートにだ」
「はぁ?!」


おかしい、おかしい。何でこんなことになっているのか。静雄はただ、昨日売られた喧嘩のことを臨也に問い詰めようとしただけなのに。「どうせ今回も手前が絡んでんだろ?」と。けれども―――、

繋がれた手、授業をサボってデート。

どうしてこんな展開になったのだろう? こんな、まるで恋人とするようなことをどうして臨也と?
混乱して抵抗もできない静雄に代わって、新羅が臨也の腕を引き止めるように掴んだ。
そうして、新羅はわけがわからないという顔をしながら口を開いた。


「い、臨也? どうしたの急に」
「何が?」
「いや、何が、じゃなくてね。ほら、君と静雄がデートだなんて、どういう風の吹き回しかなって。君は静雄が大嫌いなのに」
「大嫌いじゃないよ」


え? と声を出して固まる新羅に、臨也はいたく真面目な顔をした。


「まあ、つまりは大好きなんだけどさ。うーん、おっかしいな、癪だから一生誰にも言うつもりがなかったのに。けど、それもしょうがないよね。シズちゃんのこんな姿を見ちゃあ、惚れ直すのも道理でしょ」


そう言って、臨也はくるりと静雄の方を向いて、その手に自分の手を絡める。「大好き」という言葉に顔をうっすら赤くした静雄は、自慢の膂力はどこへやら、まるで乙女のように臨也のされるがままだ。
そんな静雄に、臨也は信じられないくらい正直な態度でにこりと笑いかけた。


「シズちゃん、そのカーディガンをきた姿、抱き締めたくなるくらい素敵だね」








俺の天使






ベージュの少し大きめなカーディガンを着てほしい。



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