コンコン、と二回のノックをすると、室内から「どうぞ」との声が聞こえた。デリックは「失礼します」と言って扉を開く。中にいた王は、にっこりと優しい笑顔を浮かべていた。

「やあ、何の用かな」
「交易品の詳細について概算した目録をお持ちしました。どこか不都合な点などありましたら……」
「うん。夕食に君に会うまでに目を通しておくよ。そんなことより」

王はデリックから書類を受け取り、それを引き出しの中に閉まった。いつもは仕事を渡されたらすぐに手をつけるのに、何故今日は後回しにしようとするのか。その理由がなんとなくわかって、デリックは苦笑した。

「仕事をサボタージュだなんて、デリックも不良になったねえ」
「……申し訳ありません」
「と、言いたいところだけど」

王は肩を竦めて、やれやれと困ったようなジェスチャーをした。

「メイド頭を含めて、みんな口を揃えて君が街へ買い出しに行ってただなんて言うんだよね。まあ、実際君はお昼頃には日々也と一緒に姿を現したから。使用人の言葉を疑うわけにはいかないしねえ」
「すいません」
「ま、君の今までの働きを思えば、いくらでも休暇を与えても構わないくらいだ。けれど、急に休むことになったとしても、せめて誰かに事前にそのことを話しておきなさい。これでも、少し心配したんだから」
「……はい」

デリックは静かに目を瞑り、ゆっくりと頷いた。その自分を戒めるような所作は普段の彼通りだ。あの彼が仕事をサボった日、彼の心中わだかまりは全て綺麗に解かれたのだろう。きらりと薬指に光る指輪に、きらきらと光るような眩しさを感じた。

「さて小言はこの辺にして、」

王はキョロキョロと辺りを見渡し、デリックと自分以外の第三者が存在しないことを確認すると、にやにやととても楽しそうに笑いながらデリックに手招きをした。デリックが不審に思いながら傍まで行くと、王はひっそりと内緒話をするみたいに囁いてきた。

「日々也は僕に婚約の話を持ち出された時、なんて言ったと思う?」
「え……?」
「『相手の女性が哀れです。だって俺はもう誰よりも愛しているひとがいるから、彼女に目を向けることができないでしょう』だってさ。いやあ、僕と顔も考え方も違うと思っていたけど、変なところで遺伝しているもんだねー」
「……」
「僕がセルティと結婚する時も大変だったなあ……。みんな反対してきてねえ、無理やり他国のお姫様と結婚させられそうになったよ。まあ、ちゃんと説得したらみんな納得してくれたみたいだけど。セルティと結婚できないならこの国を湖の下に沈めるとか、冗談も言ったっけなあ」
「陛下」
「ん? なあに」

デリックの真剣な声に、王は喋るのをやめてデリックに向き合う。その穏やかな瞳に、デリックは深く頭を下げた。

「私のわがままで、この国の未来を危うくさせてしまいます。申し訳ありません」
「いいんだ。決めたのは日々也だよ。君はいつでも身を引く覚悟があったけれど、日々也がそれを許さなかったんだ。君のせいではない」
「けれど、私は、この国が好きなんです。それなのに、優しい人々が笑いながら暮らす素敵な場所を、自分が壊しているように思えてなれない。そう思うと、少しだけ、眠れなくなります」

後悔、けれど左手の指輪を見る度にどうしようもないほどの幸せにデリックは襲われる。罪悪感を感じつつも、デリックはもう日々也との関係をやめられないだろう。そんな理性的ではない自分が少し恐かった。
けれど王は、依然としてにこやかなまま、ぽろりととんでもないことを口にした。

「いいよ。日々也が世継ぎを作らなくても」
「は? 今、何と?」
「簡単な話だ。子供を作れるひとが子供を作ればいい」
「……それは、もしや」
「昔はさ、体が弱い日々也を思って他に兄弟を作らなかったけど、今からでも弟か妹を作ってあげてもいいよね」

飄々と言い放つ王にデリックは驚きで目を見開く。確かに、王も王妃もまだ若いが、それにしてもその発想には
びっくりした。そんなデリックに、王は更なる驚きを落とす。

「ちなみに、これを提案してきたの、日々也だよ」

あいつはそれほど君の事を手放したくないようだねえ。その言葉に思わず顔を赤くしてしまったデリックを見て、王はからからとからかうような笑い声を立てた。











王の執務室から退室して、デリックは窓から庭を見る。
そこには庭師に説教されている日々也がいた。彼らの近くの花壇にはごっそりと花がなくなった跡がある。日々也はあそこから大量の紫のチューリップを摘んできたらしい。デリックは苦笑しながら、窓の外にいる日々也に声をかけた。

「日々也様、少しよろしいですか?」

すると、日々也は綺麗に微笑みながらこちらにやってきた。そうして窓越しに手を伸ばし、デリックの髪にさっと触れる。途端に、ふわりと甘い匂いが鼻孔をかすめた。

「やっぱり綺麗だ」
「え?」
「赤い薔薇。君の白い肌によく生えるね」

チューリップの次は薔薇。あれほど庭師に説教されたというのに、またも日々也は花を摘んできてしまったらしい。デリックはため息を吐きつつも、どこか喜んでいる自身をやんわりとたしなめた。

「それよりも、王からの言伝があります」
「父から? 何かな」
「今日はわが国の港に、かの東西を結ぶ国からの船がたくさん来ているようです。それの視察に行ったらどうか、と」

東西を結ぶ国、とは文化交流によって文化と貿易が発展した国だ。日々也の国のようにあまり大きい国ではないが、貿易の要所として非常に栄えていると有名であった。
その国の船が港に来ているのだ。きっと珍しい品々が軒を連ねているのだろう。日々也は少し興味がわいた


「そうだね。せっかく天気もいいんだから、今日は城に閉じこもってないで外出しよう」
「お供します」
「当り前だ。君なしでは俺はどこにもいけないよ」

日々也はそう言って、室内にいるデリックの腕を窓から引っ張った。












馬に乗って、森の中を進む。昼間の森はぽかぽかと暖かく、静けさに混ざる小鳥のさえずりは心地よい騒々しさを持っていた。散歩も兼ねて馬をゆっくりと歩かせていると、不意に日々也が話しかけてくる。

「最近、どうかな」

真剣な顔をしてそう聞いてくる日々也に、デリックは首を傾げた。彼が何を尋ねているのかわからない。
日々也はしばらくの逡巡の後、今度はもっと明確な言葉をデリックに投げかけた。

「俺はさ、最近成長したかな」
「成長?」
「君が弱音を吐露し、頼ることができるような、しっかりとした男になれた?」

その言葉を聞いて、デリックは思わず笑ってしまう。それにむっとする日々也に、デリックは「ごめんなさい」と笑いをかみ殺して謝った。そして、少しも思案せずに、はっきりと言い放つ。

「なりましたよ。私があなたと初めて会った時から、あなたはこんなにも成長された」

自分ひとりで判断し、それをそのまま遂行する。それは決して簡単なことではないけれど、日々也にはもうそれができる。もう世間知らずな王子様扱いはできない。

「ですが、ちょっと、つまらないですね」
「え?」
「あなたが大人になってしまうのは、少しつまらない。私はあなたが大人げなく嫉妬してくれるのが結構好きだったんですよ?」
「……悪かったね。大人げなくて」

多分、俺はそっちの方はまだ克服できていないよ。
苦笑をしながら肩を竦める日々也に、「まだまだですね」とデリックは片目を瞑った。









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