「やあ、シズちゃん」

くらくらする視界に舌打ちをする。ああ、何でこんな時に天敵と会ってしまったのだろう? 絶対に会わないようにと避けていたはずなのに。月のものが始まって二日目。静雄にとって、今が一番辛い時期だ。だからこそ、この男だけには会いたくなかった。
臨也はいつもと変わらず苛立つ笑みを顔に貼り付け、手にしたナイフは静雄から少しも照準が外れなかった。

ああ、もう。苛々する。

下腹部の痛みと僅かな目眩。こんな状態でなぜ喧嘩などしなければならないのか。そう叫びたい気持ちになったが、静雄の口は閉じたままだった。
当たり前だ。臨也に今日の静雄の体の異変を悟られることほど屈辱はない。「シズちゃん、今日生理なの?」なんて不躾な質問をされたら、あまりの恥辱に泣いてしまうかもしれない。それこそ、静雄の臨也に対してひどく高いプライドが粉々になるくらいは、彼女は傷つくに違いない。
だから、悟られるわけにはいかない。その為ならば、弱った体に鞭を打ち、自動販売機でもゴミ箱でも投げつけてやろう。静雄はそう思って、視界に入った自動販売機の近くへと駆け寄るが―――、

ぐらり、と体が揺れた。

貧血気味な体は静雄の言うことを聞かず、自動販売機の元へ進むどころか、立っていることさえもままならない。がくんと崩れ落ちる体は、しかし、地面にぶつかる痛みを感じなかった。
背中とお腹に感じる体温。
有り得ない。そう思いつつ首を後ろに向ければ、そこには見慣れた男が見慣れない表情で静雄を支えていた。

「シズちゃん、どうしたの?」

ひどく心配そうな臨也の顔に、静雄こそ「どうしたんだ」と聞きたくなった。臨也のあまりの豹変ぶりに声も出ない。彼と出会ってから一度として、こんな優しげな顔を見たことがあっただろうか? 答えは否だ。

「ねえ、体調でも悪いの?」
「え、あ…………」
「頭痛い?」
「ちょっと、だけ」
「お腹痛い?」
「……うん」
「そして、目眩か」

臨也は少しの間思案するような顔つきになり、「もしかして……」と何かをひらめいたような声を出した。

「シズちゃん、今日生理なの?」

臨也は思いついたことをそのままストレートに言ったのだろう。そのあまりにも濁さない物言いに、静雄は恥ずかしいやら泣きたいやら、顔を真っ赤にして体を震わせた。
そんな様子の静雄に驚きを感じたのか、臨也は目を見開く。が、すぐに表情を引き締めて、静雄の頭をそっと撫でた。

「ごめん、大声で言うようなことではなかったね」

臨也はそう謝罪をすると、着ていた黒いコートを脱いで静雄の体にかけた。途端に体を包み込む臨也の香水のにおいに、静雄はまた少し頬を赤くする。自分の体には臨也のコートはだいぶ大きくて、その事実に細身ながらも彼が男であることをありありと突きつけられた。
臨也は「おいで」と言って、静雄の手を引く。いつ見ても彼の綺麗な手は、意外と逞しさを備えている。ぎゅっと握りしめられる静雄の手が、華奢で力ない女の子のものであると痛感させられた。

「ここからだと、君の家が近いね」

ぽつりと呟かれた言葉によると、どうやら臨也は静雄の家に向かっているらしい。なぜ、そもそも臨也は何をしようとしているのだろう。静雄は状況についていけず、混乱しながらも臨也に手を引かれるままについていった。












家に着くなり、臨也は労りながら静雄をソファーに横たえた。そして彼女がお礼を言う間もなく、ひとり台所へと歩いて行ってしまう。そして、しばらくすると、臨也はマグカップを持ってこちらに戻ってきた。

「体起こせる?」

臨也は静雄を気遣いながら、ソファーに横たわっていた彼女の肢体をゆっくりと起こす。上にかけられていたブランケットを再度かけ直し、お腹の上には柔らかなクッションをそっと置く。そうして、入れたてのホットミルクを静雄に手渡した。
ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。心地よい香りにふわりと表情を柔らかいものにすれば、臨也はこの世のものとは思えないほど優しく微笑んだ。
心音が少しだけ早くなる。赤みが差した頬を見られぬようにと、静雄は少しうつむいてホットミルクを飲んだ。

「どうかな。体、暖まった?」

真面目な顔をしてそう尋ねてくる臨也に、静雄は相手が天敵であるということも忘れて「ありがとうな」と謝礼した。臨也はその言葉にきょとんとし、すぐに小さく笑う。

「今日は、再確認した日だね」
「え?」
「シズちゃんが女の子だってことを」

臨也はカップに添えられた静雄の手に自分の手を重ねる。びくっと少し体を震わせる彼女を見て、臨也は眩しそうに瞳を細めた。

「俺に生理という言葉を投げ掛けられて、恥ずかしくて惨めでしかたないという君の顔。こうやって手を握られるだけで、君はびくびくと体を震わす。」

瞳と手。そのどちらもが、静雄を捕らえて離さない。振り払える力を持っているはずなのに、静雄はされるがままに体を震わせるばかりだ。

「ねえ、シズちゃん」

臨也はさっと動き、気がつけば静雄の体は彼の腕の中にいた。危うく持っていたマグカップを落としそうになると、臨也は静雄の手からそれを奪って床に静かに置いた。
触れるどこもかしこも静雄よりもしっかりとした感触がする。こんな風に男のひとに抱き締められたのは、臨也がはじめてだった。

「い、いざ……」
「かわいい」
「え?」
「かわいいね、シズちゃん」

そんな心底甘い声で囁かれたら、もう静雄は黙ってされるがままになるしかない。くらくらと目眩がするのは、きっと貧血のせいだと決めつけて、静雄はこっそり臨也の服の袖を握りしめた。






プリティ・ガール






呉羽さん
この度は企画参加ありがとうございました! そしてお待たせしました。なんだかわたしが好きなように臨静♀を書いてしまいましたが、気に入らないところがありましたら書きなおしますので連絡くださいね。
それでは、また暇な時にでもこのサイトにお越しください。







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