いつもよりを砂糖を控えたミルクティーを用意して、 焼き上がったケーキにチョコレートクリームをふんだんにぬる。後はチャイムが鳴れば、ここからは至福の時間が始まるだけ。 波江はかわいらしい子猫の来訪を、少し心待ちにしていた。 焦げ茶色の子猫とのお茶会 やってきた静雄は、少しはにかんだ表情で「こんにちは」と言う。 珍しく怪我をしていない身体は、前回見た時より幾分か大きくなっていた。まだまだ少年特有の線の細さはあるが、彼はこれでも中学生なのだ。これからもっと成長するだろう。 「波江さん、これ、母さんがいつもすいませんって」 静雄がおずおずと手渡してきたのは、綺麗なひなあられ。 なんだか、この子に妙に似合うわね。波江はカラフルなそれを受け取り、静雄の顔を見た。 「あなた、ひなあられ好きなの?」 「あ、その、す、好きです……。おかしいですよね。俺、男なのに」 「どこが? チョコレートケーキの口直しにちょうどいいわ」 淡々と言い返せば安心したような顔。 初めて会った時よりも五センチも大きくなった彼だけど、こうやって安心したり、チョコレートケーキに目の色を変えて喜ぶ様子は本当にかわいらしい。 「静雄君は、中学生何年生なの?」 「二年です」 ケーキを切って、ミルクティーを注いで、波江は静雄と雑談を始める。彼はチョコレートケーキを嬉しそうに頬張り、波江の質問に嬉々として答えた。 「そう。ということは、もうすぐ三年生か。高校は来良に?」 「はい。そういえば、波江さんの弟さんも、そこに通っているんですよね」 「ええ。弟によろしく頼んでおくわね」 まだ早いですよ、と遠慮する静雄に応対しながら、波江は自分が弟以外のことに無償で尽力する姿に、少なからず驚いていた。しかし、違和感はあるが嫌悪感はない。なんだか、宝物がひとつ増えたような感覚で、少し嬉しい。 今までは、波江の宝物は弟だけだった。 それで十分だと思っていたし、それがより弟に愛を注ぐ唯一の方法だとも思っていたのだ。 だが、どうやら新しい宝物が増えたからといって、波江の弟への愛は薄れないようだ。 それならば、波江に静雄を邪険にする理由などない。こうして、月に一、二回ある彼との邂逅を楽しんだって構わないだろう。 「俺、静かなところが好きなんです」 「あら、じゃあ、田舎とかは好き?」 「はい。空気は綺麗だし、自然がすごいし。時々、友達が訪ねてきたら、すごく嬉しいなって。まあ、俺の友達はほとんど年上なんですが」 「ああ、岸谷先生とか」 「セルティとか門田とか。本当は友達とか、言っちゃ駄目かもしれないけど……」 寂しそうな顔をする静雄を慰めてやりたい気持ちはある。けれど、彼の言葉を否定するような慰めは焼け石に水かもしれない。 だから、波江は至って正直な思いを話す。 「私は彼らをよく知らないから、あなたが言っている通りかもしれないわね」 「…………はい」 くしゃりと歪む静雄の顔。 それが何故か、たまらなく嫌だった。 「でも、あなたは忘れてるわよ。私はあなたの何?」 「え?」 「私はあなたが大切よ。それなら、友人とか友人じゃないとか、そういうのはどうでもいいんじゃないかしら」 「…………」 「きっと、友人じゃなくても、あなたが好きな大人はたくさんいるのよ」 静雄は少し泣きそうな顔をする。 違う違う。私はそんな顔が見たいわけじゃない。 だから、波江は慰めるように、静雄の頭を優しく撫でた。 「確かにあなたの泣きそうな顔もかわいらしいわ」 「かっ……!?」 「けれど、私はあなたの笑顔がもっと好きなの。だから、笑いなさい」 波江の言葉に顔を真っ赤にして、それから恥ずかしそうに微笑した静雄を見て、波江はようやく満足げに頷いた。 「じゃあ、話を続けましょう。お茶会はまだ始まったばかりよ」 そうして、波江は二切れ目のケーキを静雄の皿に乗せた。 波江さんに「笑いなさい」と命令口調で言ってもらいたかった。 |