こんな噂を聞いた。
ある村の奥地にある神社に、ひどく毛色の違った巫女がいるという噂だ。
なんでもその巫女は、「毛色が違う」という文字通りに髪の色が普通と異なり、その色はまるで飴細工のように黄金であるらしい。
当たり前のように黒髪だけが行き交うこの国で、その巫女の髪の毛は異邦人のそれのように光に透けて、輝く。

何らかの染色を使ったのか、あるいは異国の血が混ざった人間なのか。市井のひとが一番気にする噂話のようなそれに、けれども俺はあまり興味をそがれなかった。髪の色が黒だろうと金だろうと、所詮、俺が愛すべき人間に変わりないのだ。思考の無駄である。

だから、俺がその神社を訪ねたのは特に意味があったわけじゃない。偶々、そこの神主に用があり、その時にふと、件の噂話を思い出しただけだった。

「ああ、静雄のことですか」

神主はそう言うなり、例の巫女の名前を大声で叫ぶ。
別にそこまでしなくても……、そう言おうとした時にはもう遅かった。

「なんですか」

素っ気なくて、落ち着いた声。
噂と違わぬ金色。
白と赤の巫女服を纏った噂の巫女は、何故だかとても神聖で、侵しがたいものに見えた。

俺はすぐに後悔をする。
どうしてこんな神社に来たのか、どうして市井の噂などを思い出したのか。
あまりの苛立ちに、握りしめた手に爪痕が残った。

そう、俺はこのちぐはぐな巫女に、自分の信条を全て粉々に打ち砕かれるくらい―――完全に惚れこんでてしまったのだ。










金髪の巫女の衝撃が冷めやらぬまま、俺はまた例の神社に行くことになった。
仕方がない。神主に依頼された仕事はまだ終わっていないから、必然と彼に会う必要がある。加えて、相手は神主だ。そう簡単に、神社を留守にするわけにもいかない。そうすれば、必然と俺が彼に会いに行くしかないのだ。
憂鬱な気持ちで神社の石段を登る。気を抜けば、脳裏には金髪の巫女。
こんなの自分らしくないと思う。どんな美女を見たって、いつも心中は冷淡としていたのに。
しかし、確かにあの巫女は美しかった。
ちぐはぐな金と巫女服。その不釣り合いさが妙にしっくり着た。異国から入ってきた基督教の天使ではないけれど、それに似たとても神聖な何かのような巫女。…………ああ、いけない。あの日から馬鹿なことばかり考えている。

「わざわざご足労いただき、すみません」

ひとの好い笑みで笑う神主は、確か田中と言ったか。俺は適度に物事を妥協する彼が別段嫌いではない。が、やはりこの神社に来たくないのは確かで、早々に話を切り上げて帰ろうと思っていたのだが、

「すいません、折原さん。俺は今から所用でこの神社を離れなくてはいけなくなってしまって、だから少し境内で待っていてもらえませんかね?」
「は? あ、いえ、それなら出直します」
「いえいえ、すぐに戻りますから。お暇でしたら、静雄に相手でもさせますんで」

だからそれが嫌なんだよ!
そう叫ぶ前に、神主は素早く巫女を呼んだ。小走りで近づいてきた巫女を見て、胸の内が動揺する。
俺はしっかり平然とした顔を保てただろうか?

神主が俺にお辞儀をして去った後、当然のように境内には静寂だけが残った。
俺も巫女もなにも話さない。沈黙に耐えられなくなった俺は、余所行きの笑顔を浮かべ、巫女に笑いかける。

「こんにちは。君はシズオというの?」
「…………」

巫女はそれに答えず、ただ瞳をこちらに向ける。
しかし、この間は動揺して気づかなかったけれど、この巫女はかなり長身だ。巫女服から覗く首や手首は華奢だし、巫女服を着ているし、どう考えても女の子なはずなのだが。

「シズオってどういう字を書くの?」
「…………」
「無視しないでよ、シズちゃん」
「しずちゃん?」

やっと口をきいたかと思えば、その声はどう考えても男のもので。
俺はぽかんと間の抜けた顔を巫女に向けた。

「君、男の子なの?」
「……見りゃ、わかんだろ」
「巫女服なのに?」

黙りこんだシズちゃんは顔を真っ赤にしていて、それにどうしようもなく惹かれてしまった。










金髪。
俺よりも長身。
しかも、男。

どんどん不利な情報が増えていっているというのに、どんどん惹かれていくのはどうしてなのか。
不機嫌そうにこちらを見るシズちゃんは、ぽつりぽつりとその格好のわけを話し始めた。
どうやら、彼の親はキリシタンらしい。
彼の血には異国のものが混じっており、だから髪の色もこれなのだ、と忌々しげに語った。

「親は、俺が基督教を学ぶ前に死んだ。だから、俺はキリシタンではない」
「それで? どういう紆余曲折があって神社へ? 一神教である基督教と多神教である神道に、共通点が見出だせないんだけど」
「…………俺は基督教の神はしらない。けれど、物心つくまえから漠然と基督教に触れていたから、神なるものが必要なんだ。そういう家で、育ったから」

そして彼は、遠縁である田中神主に引き取られたのだという。

「だから、トムさんが僧だったら俺は仏教徒だっただろうし、教父だったらキリシタンだったかもしれない」
「なんでもいいということ?」
「すがることが、できるならば」
「巫女服を着ることになっても?」
「…………これは、すごい嫌だけど」

ごにょごにょと言葉を濁すシズちゃんは、羞恥で顔が真っ赤だ。そんな姿にどきどきしつつも、そんな姿の彼を俺は少し哀れんだ。
幼い頃に親を亡くした彼。なにかにすがらなければ、その喪失を埋められなかったのだろう。
けれど、それならなにも巫女になる必要はないのではなかろうか? ここの神主の補佐などをする神職につけばいい。
その疑問をぶつける前に、彼は自嘲するように笑った。

「お前もさ、そう思うか?」
「え」
「わかっている、みんな思うことだ。何故俺が巫女になるのか。俺は男なのに」

シズちゃんは遠くを見る。
その横顔は、まるで俗世から抜け出した儚げなものだった。

「俺は生け贄だった」
「え」
「それを嫌がった親は、俺の代わりに死んだ。そんな俺が、ただ救われる道を探すわけにはいかないんだ」

ああ、わかった。彼がひどく神聖である理由が。
彼の目には、とうに俗世など映っていない。彼はただ、いつかひとを超えた何かの犠牲になることを願っているのだ。
だから、巫女になって、神に己の人生を捧げている。
そして、いつかその身をなげうつことを望んでいる。

しかし、俺はこの侵しがたくかわいそうな巫女を―――この地に落としたいと思った。
自分のもとに落として自分のものにしたい。これは支配欲だろうか?
だとしたら、もしかしたら、俺は彼が待ち焦がれていた神なるものなのかもしれない。
ならば、俺は彼の願いを叶えなければならない。
罰されることだけを糧に生きてきた、このかなしい巫女の切実な願いを。

「ねえ、シズちゃん」

祈る相手は、俺だよ。

その言葉を受けた哀れな巫女は、驚いた表情をすぐに泣きそうに歪め、すがりつくように抱きついてきた。





わたしに罰を

(それがわたしにとっての救いなのです)







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