ひんやりと冷たい風の中をゆっくりと歩く。冬の外気はバーテン服を身につけただけでは肌寒いけれど、首にしたマフラーがそれを少し紛らわしてくれた。
吐く息は白い。もう12月も下旬なのだから、寒いのも当たり前か。そう思いながら静雄は帰路に着く。
自分の住んでいるアパートの近くまで来た時、ふと目先にコンビニが見えた。静雄は少し立ち止まった後、躊躇ない足取りでその店内に進む。
今日はクリスマスなのだ。それにかこつけて何か甘いものを買っていこう。

会計を済ませ、コンビニから出る。急ぎ足でアパートの階段を登って鍵を開けると、パーンという大きな音が静雄を迎えた。
途端にさっきまで無表情に近かった静雄の顔が怒りに染まっていく。それを見て、クラッカーを鳴らした男はけらけらと笑った。

「あはは、おかえりー! シズちゃん」
「……てめえ」
「まあまあ怒んないでよ! 優しい俺はね、クリスマスに過ごす彼女もいないかわいそうなシズちゃんの為に、サプライズをしてあげようと思ったんだって」
「俺が怒りたいのは、お前の不法侵入についてだ!」

静雄はため息を吐いて髪についたクラッカーの残骸を振り落とす。それからキッチンに行って、コンビニで買ってきたスイーツを冷蔵庫にしまった。
リビングに行くと、玄関にいたはずの臨也がソファに座っている。再び臨也を睨み付ける静雄に、臨也はにっこりと笑いかけた。

「ほら、フライドチキン買ってきてあげたんだよ? 食べるでしょ?」
「……食う」
「正直でよろしい」

臨也は手元にあるビニール袋を持って、キッチンに入って勝手に皿に盛り付ける。よく静雄の家に不法侵入するからか、それはやけに手際良い。

「はい、どうぞ」
「…………」

静雄は黙ってフライドチキンを手にとる。口に運ぶと、ぱさぱさとしていないジューシーな味が口内に広がった。
おそらく静雄が普段口にするジャンクフードより高価なものなのだろう。冷めていても、こんなに美味しいのだから。だとしても、これがジャンクフードなのには変わりないはずで、臨也はこういう食べ物を好まない。

それにも関わらずこんなものを買ってくるなんて―――それはつまりこれは自分の為のもので。

「シズちゃん? どうしたの?」
「……何でもねえよ」
「そう?」

静雄は黙々とチキンを頬張る。臨也も珍しくなにも喋らず、静雄の部屋にはただ沈黙が流れた。
それでも、静雄は不思議と気まずさを感じなかった。

食べ終わったチキンの骨を皿に置いて臨也に目を向ける。そこにあったのはいつもの苛立つ嫌な笑みではなく、妙に優しい瞳をした微笑み。

「っ……」
「ん? 美味しい?」
「あ、ああ」
「よかった。じゃあもうひとつどうぞ?」

にっこりと笑いかけられ、静雄は再びチキンにかじりつく。
顔が上げられない。さっきみたいな顔で見られていたら、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだから。
本当は、退屈じゃないのか、と聞こうと思ったのだ。だって天敵がチキンを食べている姿を黙って見ていたって、すぐに興が冷めるだろう。
でも、あんな穏やかな目でずっと見られていたのだ。そう思うと何故だか静雄はその疑問を口にできなかった。
静雄が二本目のチキンを食べ終わると、臨也がそういえばさ、と話しかけてきた。

「今日、新羅の家でクリスマスパーティーをしているらしいねぇ」
「新羅に聞いたのか?」
「うん。今日クリスマスパーティーするんだけど、臨也は招待してあげないって」
「……お前って、意外とかわいそうなやつなんだな」
「ちょ、違うよ! それは前置きの冗談で、その後すぐに誘われたから」

あれでも一応友人だからね、と臨也は苦笑した。
それに対して、静雄はぱちくりとまばたきをする。てっきり、クリスマスに予定がないから、腹いせに静雄にいつものようにちょっかいをかけにきたものだと思っていた。

そう、臨也はイベントがあるごとに何かとつけて静雄の家に来た。静雄をからかいつつも、必ず何かしら手土産を持って。
そして、その日だけいつもより静雄の怒りに触れないようにしているのか、普段では考えられないほど会話が成立するのだ。

「シズちゃんもどうせ新羅から誘われたんでしょ? 行かなかったんだ?」
「……クリスマス祝うとか、柄じゃねえし」
「ははは、確かに。俺もだよ。じゃあ甘党のシズちゃんは、クリスマスになんにも甘いものを食べないのかな?」
「……」

静雄は無言でキッチンに向かい、冷蔵庫からさっきコンビニで買ったばかりのスイーツを取り出して持ってきた。

「ああ、よかった、ケーキ買ってこなくて。やっぱりシズちゃんはなにか買ってくるだろうって思ったんだ。何買ったの? 見せて」

静雄は臨也にコンビニの袋を手渡す。その中身を探れば、入っていたのはブッシュドノエルとホワイトチョコレートケーキ。
臨也はその両方を手に取り、首を傾げる。静雄は学生の頃からよくコンビニスイーツを食べていたけれど、いつもひとつだけだった。
臨也は彼に、そんなに甘いものが好きならもっと買えばいいじゃないか、と一度言ったことがある。たかが二、三百円の商品だ。それぐらいの金は静雄だって持っているのだから。
けれども、彼は臨也の言葉に至極真面目な顔をしてこう返した。

「馬鹿じゃねえの? 毎日ひとつだけ選ぶからこそ、いつも楽しみなんだよ」

それにもかかわらず、ビニール袋からはふたつのスイーツ。真面目な静雄のことだ、たとえふたつで迷ったとしても、どうにかしてひとつに絞り込むはずなのに。
それとも今日はクリスマスだから自分にご褒美なのかな? 臨也はうーんと唸りながらそのふたつを交互に見つめる。
すると、静雄は痺れを切らしたように、臨也に話しかけてきた。

「おい、早く選べよ」
「え?」
「チキンの礼に、どっちか好きな方を選ばせてやるから」

つまり、どちらか片方を臨也にくれるということか。

臨也はそう納得しつつ、どこか引っ掛かるものがあった。
今、静雄は「チキンの礼に選ばせてやる」と言った。つまり、「チキンの礼にスイーツをくれる」わけではない。礼とか、そういうものを関係なしにスイーツのどちらかを臨也にくれるということだ。

そんな、まさか。それではまるで、ふたつ目のスイーツは元々臨也の為に買ってきたみたいではないか。

ありえない。それはきっとない。おそらく臨也が静雄の言動の細かいことを気にしすぎなだけだ。たまたまふたつあったもののひとつを、臨也にくれただけに過ぎないだろう。

すると、突然、携帯の電子音が鳴った。静雄はそれが自分の携帯のものだと確認すると、携帯を手にとって玄関の方に歩き出す。
そしてリビングの扉を開ける前に臨也の方を一度だけ見て、念を押すように言った。

「俺が戻ってくる前に、どっちかえらんどけよ」











「メリークリスマス、静雄」

電話は新羅からのようだ。少しざわつく音が、彼の家で開かれているパーティーを容易に想起させた。

「賑やかだな」
「うん、楽しいよ。君も来ればよかったのに」

そうしたらセルティはもっと喜んだのに、と新羅は少し残念そうに言う。それに静雄は少し笑った。

「……まあ、今日も来るだろうと思ったし」
「え? なんだい? 周りがうるさくてよく聞こえなかったよ」
「なんでもねえよ。……いや、」

静雄はクックッと笑う。
どうせ今日も来るのだろう、とか、それが楽しみで新羅の誘いを断ったとか、一緒に自分が好きなものを食べて過ごしたいなんて考えるとか、客観的に見ればもしかしたら自分は滑稽かもしれない。

けれど、それでも、静雄はこれだけは断言できる。

「こっちはこっちで楽しくやってる。そう言ったんだ」





ノエルはふたりで

(過ごしたいだなんて、言うつもりはないけれど。)






イベントのたびに静雄の家に不法侵入する臨也と、今日もどうせ臨也のやつ来るんだろ? と実は少し楽しみにしている静雄。
リクエスト内容は「臨静でギャグ+ほのぼの」でした。



あめこさんへ
そんなこんなで、お誕生日おめでとうございます! そして先日はありがとうございました! 楽しかったです。
季節的にクリスマスの話になってしまった+ほのぼのでギャグな話になったか不安、ですが、作品への愛はこもってます。
これですこしでも楽しんでいただければ、嬉しいです。
では、楽しいお誕生日をお過ごしください。







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