◎四木さんの口調が敬語です。




チリンとドアについている鈴が鳴る。
店内のすぐ目につくところにはレトロな掛け時計があって、その長針はちょうど3の位置にあった。

ふわりと香る濃いコーヒーのにおい。おそらく、この喫茶店での飲食は、店の調度品やメニューを見るからに決して安価な料金では済まされないのだろう。静雄はここで一度も会計をしたことがないから、詳しくはよくわからないが。
そんなことをぼんやりと考えながら突っ立っていると、壮年の、紳士のように上品な男がいつものように近づいてきた。

「いらっしゃいませ。お連れ様はあちらに」
「……」

無言で会釈だけをして、静雄は店の奥へと進む。
金髪にバーテン服。こんな格好をしている自分はこの店に相応しくないの。だから、正直、門前で追い出して欲しかった。

だって、そうでないと、また会ってしまう。

白いスーツ、いつもの格好。
一般人とは到底思えないような威厳と雰囲気。
浮かべる笑みは、いつも余裕げで。

「こんにちは、平和島さん」
「……どうも」
「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどうです?」
「…………」

静雄は憮然としたまま、四木の向かいに腰を下ろす。
四木の手元にはいつものようにコーヒーがあって、その中身はほとんどない。店に入ってきた時点で、待ち合わせの時間からきっかり十五分経っているのだ。それは当たり前のことだとも言える。

「お待たせいたしました」

さっきの壮年の男が紅茶とケーキを運んできた。
小さな花をあしらったポットとカップと皿。それは、どこぞの貴婦人のティータイムのようだ。

(……待ってねえよ)

注文をしていないのに、静雄が座るタイミングでいつもお茶とお菓子がくる。それを命じている人物は疑いようもなく四木だ。注がれる紅茶と綺麗なお菓子が静雄の口に合わなかったことはなく、それが余計に静雄を悔しくさせた。

半ば習慣と化している、毎週水曜日のアフタヌーンティー。
この忌々しい邂逅のきっかけは、たったひとつの言葉だった。

「いい加減、考えてくれましたか?」
「…………」

黙り込む静雄に、四木は微笑むばかり。それはむかつくくらい、いたって余裕の表情だった。











二ヶ月ほど前、四木は静雄に「愛している」と告げた。今いる喫茶店の、ちょうど同じ席で。
面識がなかったわけではないが、見かけたら気軽に話すような仲でもなかった。「少し時間をよろしいですか?」という四木の言葉に、なんにも考えずに従っただけだったのに、事態は不可思議な方向に転がって、静雄は思わず唖然として何も言えなかったのだ。

四木はそんな静雄にくつりと笑いかけて、伝票を持って、

「答えが纏まらないのなら、また来週の水曜日、同じ時間にここで」

そう言って、店から出ていってしまった。

静雄はゆっくりと店に掛けられている時計を見る。三時、きっかり。そして、来週来るのも同じ時刻。
あの告白は冗談ではなかった。あの瞳は確かに本気で、そしてどこか余裕げで―――、

「っ、畜生」

そう、まるで静雄を落とすことなど容易いと言っているような、ひどく余裕な表情。
愛を告げているのはあちらなのに、こっちがそれに応えると断定しているかのような口振り。
誰があんな男のなびくものか。絶対に屈したりなどしない。
静雄は静かに怒りながら、最後の一口の紅茶を飲み込んだ。

思えば、そのまま無視をすればよかったのだ。
来週の水曜日の三時に、静雄はこの喫茶店に来なければよかった。
けれど、気がつけば店の前に立っている自分がいる。腕時計を見れば、ちょうどきっかり三時。四木の言葉通りに動いているようで、それがたまらなく嫌だった。
さっさとこの不吉な水曜日を終わらせてしまおう。そう思って、いつも喫茶店に訪れる。
会えば必ず聞かれる問い「この間の返事を聞かせてくれませんか?」に、しかし静雄は何も答えられない。喫茶店に赴くまでは確固として断ろうとしているのにもかかわらず、その口からは肯定も否定も出てこなかった。
そうやっていつまでもずるずると続いていく水曜日に、静雄はだんだん焦ってきている。このままじゃ、逃げられないかもしれない。腕を引っ張られて、捕まって、そうして四木の予想通りになってしまう。

静雄は絶対に三時にその喫茶店の中に入らない。
そのいつも必ず遅れてくる十五分は、静雄なりのプライドだった。











だんまりを決め込んでお茶をすする。そうしてケーキをフォークで刺して、口の中にゆっくりと入れた。
おそらく、信じたくはないが、静雄はこの水曜日のティータイムをひどく気に入っているのだろう。高価なお茶やお菓子のためではなく、別の理由で。
だから、四木の問いかけを否定して、この毎週の習慣をなくしたくない。もっと言えば、週に一回だけの邂逅でもいいから、このひとと繋がりを持ちたいのだろう。
いつ彼に落ちてしまったのかはわからない。ひょっとしたらそれは愛を告げられたあの瞬間かもしれないし、はたまた、こうして二ヶ月ほど邂逅を重ねた結果かもしれない。
それでも、静雄は四木の「愛している」という言葉には応えられない。子供じみているとは自覚しているけれど、素直になれないのはどうしても捨てられないプライドのため。だって、四木はあまりにも余裕な態度なのだ。

口の中に広がるバニラに、うっすらと頬を緩める。くすり、と笑われたのは、きっとその表情が子供っぽかったからだろう。静雄はむっとしたが、どうにかそれを顔に出さなかった。

「唇に、クリームがついてますよ」
「……」

まるで子供をからかうような口振りだ。いい加減、自分を甘く見てばかりいる彼に、報復をしたって構わないだろうか?
静雄はにこりと笑う。それはそれは綺麗に、人形のように完璧に。

「鏡がないから、どこについてるか見えませんね」
「ナプキンでぬぐってさしあげましょうか?」
「いや……」

そう言って唇をぺろりとなめると、確かに甘いバニラのクリームの味。
ちらりと四木に目を向ければ、余裕げな瞳の奥で何かが光っていた。

「ねえ、四木さん」

静雄はテーブルに乗り出す。それを四木は黙って見ている。

「クリームがまだついてるでしょう? ぬぐってください」
「……ここで、ナプキンを使ったら、野暮ですかね?」
「そうやって聞くことが、野暮ですよ」

四木は「違いない」と言ってから、静雄の汚れひとつない唇にキスをした。









水曜日のお茶会






雅楽さんのリクエスト、「大人な四木×素直になれない静雄」でした。
……わたしちゃんとリクエスト通りに書けたかな?
素直になれないから、四木の告白には答えないで行動で示す静雄さんが書きたかったんですが、それが表現できたかどうか。むー。
こんな作品でよければ、どうかお受け取りください!







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