(来神) 終礼が終わり、門田は鞄を持って教室を出た。 特に用事はないが、今日はできれば早く帰りたい。友人の放課後の誘いをやんわり断って靴を履き替えていると、脱靴場に聞き慣れた声が響く。 「臨也、静雄を知らない?」 「知らないけど、何で?」 「いや、昼休みから姿が見えないんだよね」 門田は一度靴箱にしまった上履きを再びはいて、校内に入っていった。階段を登って、見慣れた廊下を足早に歩く。気持ちは急くが、あまり慌てずに落ち着かなければ。肝心な時に、落ち着いて話せるようにしておかなければならないのだから。 目的地である図書室に着くと、門田はずんずんと奥の棚へと進む。文学全集などがある一番奥まで来ると、図書室内にまばらにいた生徒もほとんどいない。いるのは門田を含めてふたりだけ。 鮮やかな金髪の生徒は、体育座りをした自分の膝に顔を埋めていた。 泣いているのか、寝ているのか。どちらにせよ、彼は今ひどく悲しんでいるのだ。そうでなければ、彼はここにはこない。 初めて静雄を図書室で見た時から、彼がここで悲しみにくれていない様子を見たことは一度もない。 門田はしばらくその金髪を見ていた。けれど、すぐに視線を本棚に移す。きっと、彼は下手な慰めを必要としていない。その言葉は逆効果なのだ。 だから、門田は黙って本を読み始める。遠くから聞こえる時計の針音を聞きながら、ただ一心に細かい字を目で追った。 どれくらい時間が経っただろう。不意に、制服のズボンの裾を力なく引っ張られた。 門田は重たい全集を閉じ、未だ顔を伏せたままの金髪の隣に座る。 「静雄」 「…………」 隣に座っている少年、静雄はなんの返答もしない。けれど、その手は門田のズボンの裾を掴んだままだ。 頼られているのかな。そう思うと何故だか少し嬉しくなった。 弱音を吐かれたってちっとも構わないのに、静雄は迷惑をかけることだと思って口をつぐんでしまう。 門田はくしゃりと眼前の金髪を撫でた。弱音を吐くことが下手な静雄がこうして弱みを見せてくる。ならば、精一杯甘やかしたって構わないだろう。 「かど、た」 「どうした?」 我ながら信じられないくらい優しい声だ。 当り前だ。静雄は大切な友人なのだから。 「何でも言えばいい。俺ができることなら叶えてやる。全然、迷惑なんかじゃないから」 「……っ」 ふるふると身体を揺らす静雄に、門田はそっと触れる。決して強引にではなく顔を上げさせると、そこにあった静雄の瞳は泣きそうだった。 彼の悲しみの理由はわからない。暴力を使った後悔かもしれないし、誰かにひどい言葉で罵られたのかもしれない。たとえ彼の身体が丈夫であっても、心は普通の人間だ。目に見えないだけで、彼の心はきっと傷だらけなのだろう。 泣けばいいのに。門田は切実にそう思う。そうやって涙をこらえるから、頭の中がごちゃごちゃになるのだ。 「何でも……?」 「何でも」 「本当にいいのか?」 「良くなかったら言わない」 静雄は一度迷うように視線をさ迷わせたが、門田の強い視線に負けてようやく口を開いた。 「手を繋いで、」 「他には?」 「……隣に座っていてくれ」 それだけで十分だから。そう言ってうつむく静雄に、門田は思わず手を握る力を強めた。 絶対に離したりなんかしない。この手がぬくもりを求める限り、いつだって繋いでやろう。 それきり、暫しの間沈黙が流れる。窓の外から聞こえる微かな喧騒、古い紙の香り、近くから聞こえる穏やかな鼓動の音。これが静雄の求めている静謐で繊細な世界なのだろうか? 自分はちゃんと、彼が望むような世界を作ってやれているだろうか? 何気なく隣を見て、門田はぎょっとする。 静雄は泣いていた。 泣けばいいのにと思ったのは確かだが、いざ泣かれると困る。自分にうまい慰めが出来ると思わないし、静雄は一歩間違えばその慰めの言葉に傷つくような、意外と繊細な男だ。 門田はうろたえて、繋いだ手にこめた力を緩めてしまう。すると、今度は静雄の方が手に力を入れる。 普段の彼とは思えないほど弱々しい力と悲しそうな瞳。門田は思わず身体を硬直させた。 「離さないでくれ、おねがいだから」 白い頬に流れる一筋の滴。 今までにないくらい鼓動が激しく鳴るのは何故? 彼に頼られると喜びを感じるのはどうして? 答えは至って単純だ。だからこそ、覆しようもない。 「離さないから、俺の頼みを聞いてくれないか?」 門田は静雄の頬に優しく触れる。僅かに紅潮した白い顔。その顔が悲しみとかけ離れたものだったから、門田はひどく安心した。 流れるように彼の赤い頬にくちづける。泣くのを我慢してほしくはないが、どちらかと言えば泣かないでいてほしい。そんな自分のわがままを叶えるために、彼が泣いたらいつでもこうして止めてやろう。 「泣くのは、俺だけの前で」 そうしたら、いくらでも泣きやませてやるから。 君の涙にキスをした 「あたたかくあれ」様に提出。 参加させていただき、ありがとうございました。 |