◎前半は和パロ。情報屋×若頭静雄
◎後半は現代イザシズ







「君は来世を知っている?」

上品な紺の着物をきっちりと着た男は、ひどく妖艶に笑う。
馬鹿みたいに綺麗な奴だ。静雄は紫煙を燻らせながら、ぼんやりとそう思った。

「いや、ここでは信じているかを問うべきだね。君は来世の存在を信じているかい?」
「……お前はどうなんだ」
「俺? 俺には特定の宗教がないからね。けれど、今から信じることにした」

くすり、と笑いながら男が近づいてくる。膝と膝が触れ合うほどの距離。鼓動がとくりと鳴った気がした。

「うん、よく似合っている。君はいつも暗色のものしか着ないが、やっぱり緋が似合うと思っていたんだ」
「…………」
「照れてる? 顔が赤いよ。でもまさか着てくれるとは思わな―――」
「だって、今日が最後だろう?」

何の、とは言わなかった。
しかし、それでも彼には十分伝わったのだろう。微笑みに、ほんの少し苦味が加わった。
さらりと、この時代に特異な金の髪を撫で、彼はいつものように語り出す。

「ははは。シズちゃんは凄い鈍感だから、気づいてないと思ったよ」
「……伊達に組の重責を任されていない」
「あ、そうだったね。若頭就任おめでとう。血筋じゃない君が満場一致で選ばれるなんて、すごいことだ」
「めでたくねぇよ。だからこんな事態になってんじゃねえか」
「こんな事態?」
「俺がお前、折原臨也に殺されるという状況だ」

ふふ、と笑いながら、臨也は静雄の髪を弄り続ける。端から見れば恋人同士のようなじゃれあいだ。
ただ、それが真実であろうとなかろうと、その関係は砂上の楼閣でしかないことをふたりは知っていた。
すぐに消える幻想。
だからだろうか、まるでその存在を確かめるかのように、臨也が静雄に触れる指はいっこうに止まない。

「シズちゃん、君は少し間違えている」

太陽の下、愛しそうに触れてくる手が夢のようだ。彼のこの手は、夜の微睡みの中でまぼろしのようにしか存在しないと思っていた。

「選択肢はもうひとつある。君が俺を殺せばいい」
「臨也」
「君が俺を殺すのは至って正当なことだ。俺に命を狙われ、返り討ちにしたんだよ。どこに罪があろうか?」
「俺はっ」
「殺したくないんだ! ……君のことを」

苦しげな顔。こんな顔を臨也は誰にも見せない。
矜恃からか、別のものからかはわからない。けれど、そんな彼がここまで弱みをさらけ出す。それにとても胸が痛んだ。
だから、静雄は迷わず口を開いた。

「…………選択肢はまだある」
「は? もしかして、ふたりして助かろうと思っているの? 前から思っていたけど、君はひとが好すぎだ。俺は次期若頭候補の君の命を狙うために、シズちゃんに近づいたんだよ? もし俺が仕事をしくじれば、若頭になってしまった君を殺せなかった責で俺は殺される。なら、俺を雇った下種野郎たちに殺られるくらいなら、俺は君に―――」
「ひとりは、俺が寂しいだろ」

え、とうわ言のように呟く臨也の手に自分の手を絡める。ひんやりとした体温のそれに、自分の体温を分けてやるように。

「お前さ、何で来世の話なんてしたんだ?」
「そ、れは」
「来世でまた俺と会うつもりなんだろう?」

臨也は否定をしない。
そんな彼をキッと睨み、静雄は彼の手を力強く握りしめる。

「それなら、一緒に死んだ方が、会える確率が高いだろうが」

そう言って、懐から短刀を取り出す。それが切腹のためのものであることは一目瞭然だ。
ぽかんと間が抜けた顔をした臨也は、すぐに腹を抱えて笑い出した。

「ふっ、ふははははは。馬鹿だなぁ、シズちゃんは」
「うるせえ」
「怒んないでよ、ごめんごめん。ふふ、でも馬鹿は俺もだね」

そう言うと、臨也は静雄との距離を更に縮めた。
赤い瞳と至近距離で目が合う。
ずっと前にそれを「綺麗だ」と言った時、臨也は顔を赤くして柄にもなく照れた。多分、本当に彼を愛し始めたのはその時からなんだろうなと静雄は思い返した。

「シズちゃんさぁ、そんなに俺のことが好きなら、もっと早く言ってよ。逃げ道作っといたのに。もう手遅れなんですけど」
「そうだな。俺は若頭になっちまったし、お前の雇い主の下種は有り余る金で、忍やら何やらを大量に雇って、俺とお前を殺す気満々らしいし」

臨也の文句に、静雄も怯まず応対する。
それでも、互いにここまで素直になるのは、この時以外では有り得なかっただろう。そのことをふたりは知っていた。
だから、良いのだ。
後悔なんてない。だって、一番大切なことは叶ったのだから。

「命はいつか尽きる。だから惜しいとは思わねえよ」
「そうだね。やり足りないことは来世ですればいい。ただ、心残りがひとつあるなぁ」

怪訝そうにこちらを見る静雄に、臨也は深いため息を吐く。

「君にその着物を贈ると決めた時、それを着た君と身体を重ねたいと思ったんだ。でも、もう時間がないみたいだね。あー、何でもっと早く着てくれないのさ」
「……とりあえず、次に会った時はまず殴るからな」
「いいよ。やり返すから。じゃ、またね」

にこりと笑った臨也の顔を見て死ねる。
少し考えて、それはとても幸福なことだと、静雄もまた満足そうに微笑んだ。






+++





「臨也ァ、……てめえ、なに勝手にうちに上がりこんでんだよ」
「あ、お構い無く」
「そんなことは聞いてねえっ!」

憤慨した静雄の視線の先には折原臨也が悠々とくつろいでいた。
いつものように苛立ちが募るが、自宅を破壊したくないから怒りのままに暴れるわけにもいかない。
静雄が小さく嘆息して台所に向かった理由は、けれどそれだけではない。ホットのコーヒーを淹れながら、今日の臨也は何か変だ、と訝しがる。よくわからないけれど、雰囲気が違う。

「ほらよ」
「え、コーヒー淹れてくれたの? どうしたのシズちゃん。新羅が新しい精神安定剤でも開発したとか?」
「うるせぇやつだな。ひとの好意は黙って受け取れ。コーヒーぶっかけるぞ」

ぴしりと立った青筋に反応したのか、臨也はおとなしくカップを口に運んだ。苦いものが苦手な静雄は、コーヒーにミルクも砂糖も入れない臨也が違う生き物に見える。
しかも、片手でカップを持つ彼は非常に様になっていた。
ほんと、こいつは馬鹿みたいに綺麗な―――、

「ん?」

どこか既視感を覚える。
うっすらと、脳裏に深い紺色が浮かんだ。

「うん、美味しい」

違和感は臨也の満足げな声にかき消される。
あまりの驚きに、思考も身体もピタッと固まったからだ。

「……なにその顔」
「だって、おまっ、お前が俺にプラスイメージなことを言うなんて」
「正当な評価を下したまでだ。別に、俺が君に今まで賛辞を贈らなかったのは……」
「贈らなかったのは?」

臨也はぶつぶつ小声で何かを言っていたと思ったら、「あー、もう!」と急に声を大きくする。

「何でもない! こんな話は今日の用件と全く関係ない。あ、言っとくけどね、今日は君を殺しにきたわけじゃないからね」

なるほど、だから俺は臨也を追い出さなかったのか。確かに、今日の彼からは殺気を感じられない。そういえば、今日はまだナイフも見ていない。

「何だよ、用って」
「これ」

臨也が手渡してきたのは、格式のありそうな上等な木の箱。ずっしりと結構重みがある。
視線だけで「これはなんだ」と臨也に問えば、「開けてみて」と真剣な声で言われた。
素直に言われた通りにしてみれば―――、

「これ……」
「君にあげる」
「はあ!?」
「着てみてよ」
「なんで俺がっ―――」

反論をしようとしたら、至極真剣な赤い瞳がこちらをじっと見る。それだけで、もう静雄はなにも言えなくなった。
静雄は手元にある緋の着物を見る。かなり上等な品で、それなのに妙に懐かしい。
でも、これだけじゃ何か足りない。緋と、もうひとつ何かが必要だ。
着物を掴んだまま動かない静雄に、臨也は訝しそうな視線を向けた。

「シズちゃん?」
「でも、俺、着方わかんねぇよ」
「仕方ないな。俺が着せてあげる」

はぁ、とため息を吐く臨也。
その彼を見た瞬間、ぽろりと自然に言葉が出てきた。

「お前は、」
「え?」
「お前は着ないのか?」

紺色の着物。
短刀。
笑顔。
頭の中に広がったピースは、ちっとも結びつかない。
けれど、それはとても大切なもののように思えた。
だから、紺の着物に着がえ終わった臨也がこちらに着た時、なにかが弾けるような感覚を覚えたのだろう。

「俺的には、先にシズちゃんの着付けをしたかったのに」

ああ、彼の言葉がちっとも耳に入らない。ただ衝動のままに、臨也に抱きついた。
肩に顎を乗せ、背中に腕を回す。驚いたように一時硬直した臨也は、すぐにくすりと笑って静雄の腰に手を添えた。

「ふふ、和装の俺に惚れちゃった?」
「……うるせぇよ」
「否定はしないんだ? かわいいね」

耳に直に囁かれる声が甘い。
俺は着物の香に酔ったのだ。断じて、臨也に酔ったわけではない。

「シズちゃん、名残惜しいけど、少し離れて」
「…………」

その言葉に更に背中に回す腕に力をこめれば、臨也の苦笑が密着した身体を通して伝わる。

「ほら、俺にも君の和装を見せてよ。君ばかり、ずるいじゃないか」
「…………ん」
「でさ、その後はしよう」
「……何を、と聞いてもいいか?」
「ナニに決まっているでしょ?」

こいつはなんて、甘い空気を壊すのがうまいのだろう。
項垂れる静雄を気にせずに、臨也はにこりと笑った。

「いや、さ。これを見た時、これを着た君とそういうことをしたいと思ったんだ。さぞ、君は綺麗だろうなって」

またもや既視感。そして、その要求を拒もうとしていない自分に気づく。
よくわからない。が、どうやらこうなることは昔から決まっていたように思える。ならば、今ここで俺がどんなに足掻こうとも、全ては無駄な行為なんだろう。

「……わかった」
「いいの!? 本当に?」
「ああ。その代わりに、」

静雄は眼前の紺色をぎゅっと掴む。

「お前も、これを着たままで」

絶対に言わない。紺を纏った臨也に抱かれたいと思ったなんて。






生まれ変わるその日まで


(願いは叶ったね)





「砂漠に落ちた一粒の砂」という企画さんに提出。
拙い文で申し訳ありません。素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。








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