窓から見えるはらはらと降る白いそれに心が冷える。雪というものは確かに綺麗だけれども、それをひとりで見たって静雄は寂しさしか感じなかった。
昨日までわくわくしていた心は、見事に今朝のメールで打ち砕かれる。件名のごめんねを見た瞬間に、ああ、大晦日はひとりで過ごすんだな、と妙に冷めたセンテンスが頭を過った。
驚いたのは恋人が約束を破ったことではない。仕事の都合で約束を破られたことなどたびたびあるし、社会人としてそれは仕方ないことだとわかっているつもりだ。
だから静雄にとって予想外だったことは、大晦日にひとりで過ごすということにかなりショックを受けているということだった。
イベント事にさほど興味を持たない自分が、何故こんなに傷ついているのか。それはきっと、好きなひとがいるからこそ感じる悲しみなのだろう。つまり、臨也と過ごせる喜びを知っているからこそ、ひとりの大晦日が寂しく、物足りなく感じるのだ。

静雄はため息を吐く。ため息を吐いたのは何度目だろう? 
家の中にひとりでいると、鬱々とした気持ちは積もるばかりだ。そう思って、静雄は部屋着を脱いで、簡単な私服に着替える。その上に以前臨也から贈られた黒いコートを羽織り、携帯電話と財布をポケットに入れた。
気分転換に神社にでも行こう。深夜の、まだ新年を迎える前の神社ならば、それほど参拝者もいないはずだ。そんな静かな神社に行って、少し冷静になりたい。

静雄は部屋から出て、鍵を閉める。そして携帯電話の電源を切った。
もし、臨也が電話をかけてきても、繋がらないように。
そうして彼が、少しでも焦ればいい。それぐらいはしたって構わないだろう?

窓ガラス越しではない生の雪は、思ったより綺麗だった。











寒い寒い、本当に寒い。
雪が降っている深夜なのだからそれも当たり前だ。普通、こんな時間に外出などしない。けれど、帝人にはそれについて文句を言うことができなかった。

そもそも、最初は初詣に行く予定だったのだ。
正臣が帝人と杏里に元旦に初詣に行こう、といつものようにノリノリで誘ってきた。
それを聞いて帝人は、つい、新年に初詣に行くと混んでいるのが嫌だと言ってしまったのだ。すると、正臣は少し考えてから、瞳を輝かせてこう言った。

「さすが帝人だな! つまりお前はこう言いたいんだろ? 初詣に行くのなら、人気のないうちに行こう、と。そうしたら神社で祈り放題だしな!」
「祈り放題って……僕が言いたいのはそうではなくて、」
「わかった、わかってるぞ帝人。俺はお前の素晴らしいアドバイスに従って、それを実行しようと思う。つまり、大晦日にお参りに行こう! 杏里はどう思う?」
「私も構いません。ゆっくりお祈りできる方がいいですし……」

白状すると、帝人は正月の寒い早朝に外出をしたくなかったのだ。それで、お参りはできれば二日や三日辺りの午後辺りに行きたいな、と思っていた。
しかし、それはうまく伝わらず、何故だか大晦日の深夜にお参りに行くという、もっと寒くて嫌な状況になってしまったのだ。
正臣と杏里が行くき満々なのだから、今更帝人も不平を言えない。だから、厚めのコートを羽織って、渋々待ち合わせの神社へと向かった。

「帝人!」

すると、前方には正臣と杏里がいる。既に神社に着いていたらしい。帝人は小走りでふたりの元に行った。

「ごめん。お待たせ」
「大丈夫、大丈夫。俺らも今来たところだから」
「気にしないで下さい」

ふたりの笑顔に安心していると、帝人の来た道の反対側から、既知の人間が歩いてきた。
金髪に白い顔。黒いシンプルなコートに包まれた肢体は、彼のスタイルの良さを強調している。
静雄さんだ、と帝人が小さく呟くと、正臣と杏里も彼の方を振り返った。

「よう」
「こんにちは! 静雄さん」
「こ、こんにちは」
「お前らもお参りか?」
「お前らってことは、静雄さんもですか?」

まだ大晦日なのに。そう言って帝人が首を傾げると、静雄は少し寂しそうに笑う。
その笑顔に再び疑問を投げ掛けようとしたら、急に正臣が大きな声を上げた。

「よし! 四人なんてちょうどいい人数ですね。狭い神社ですから、それなら二人ずつお参りしましょうよ。もし、静雄さんが良かったら、ですけど」
「ん、俺は構わない。けど、邪魔して悪くないか?」
「全然邪魔なんかじゃないっす。な?」

杏里も帝人も「もちろんです!」と言って頷く。理由は違えども、杏里も帝人も静雄に憧れていたので断る理由はなかった。
正臣は満足そうにそれを見、静雄と杏里の肩を軽く叩く。

「じゃあ、まずふたりでどうぞ! 俺たちはここで待ってるんで」
「ああ、お先にな」
「行ってきます」

そうして、静雄と杏里が微かに笑いながら神社の中に入っていくのを見ると、正臣は思わず後退りしてしまいそうなほど真剣な顔をして帝人を見つめた。

「いいか、帝人。今から、大晦日と正月の予定はNGワードだ」
「え? 何で?」
「バッカ、お前、あの静雄さんがこんな時間に、少しアンニュイな顔つきでひとりでお参りだぞ? つまり、恋人と喧嘩をしたか、恋人が大晦日の予定をドタキャンしたかどっちかに決まってる。加えて、怒るでもなくあんなに寂しそうに哀愁を漂わせてるじゃないか。……きっと、臨也さんに大晦日に仕事が入って、急にひとりで過ごすことになっちゃったんだろうなぁ」
「臨也さん? 何で今、臨也さんの話がでてきたの?」
「何でって、臨也さんと静雄さんが付き合ってるからに決まってんだろ」
「つきあっ!?」
「とにかく、」

正臣は口角を上げて笑う。

「あんな素敵な恋人を泣かせたやつを、少しくらいからかったって良いと思わないか?」

そのいたずらっぽい笑顔に、帝人は気持ちが高揚してきて、正臣と同じようににやりと笑った。











「はぁー、終わった」

時計を見ると、早朝の二時半。年越しはとっくに済んでいた。
静雄の携帯電話に電話をかけても、電源が切られている。やっぱり怒っているかな、と臨也は柄にもなくため息を吐いた。

「いや、怒っている方が随分とマシだ」

恐らく、静雄は寂しがっているだろう。悲しくて、少し泣いているかもしれない。
意外と寂しがり屋な静雄だから、できるだけ傍にいようと彼と恋人になってから臨也は決意したのに、肝心な時にこんなザマだ。自分を殴ってやりたい。

どうしようか、と悩んでいると、携帯電話がメールの受信を知らせてきた。
もしかして静雄からか? という期待は容易に破られて、代わりに目に映ったのは、頭を抱えたくなるような文面と写真。

添付の写真には、見覚えのありすぎる学生三人と静雄が笑顔で映っていた。
ファミレスだろうか? 四人の前にはそれぞれ甘味や飲料が置かれており、それを楽しげに交換しあっている。

臨也は文面を見た。そこには、このメールの送り主からの痛烈なコメントが添えられている。

『恋人をひとりにすんなよ』

「……わかってるよ」

臨也はメールの送り主の金髪の学生に苦笑した。
本当に、今回は俺の惨敗だ。

臨也はメールの返信を打って、椅子に深く身を預ける。
苛立ちと後悔と、そして安堵。それだけが、今の臨也の中にあった。
再び添付の写真を見る。そこには寂しそうな静雄はいない。

「全く、なんて楽しそうな顔をしているんだか」

そんな素敵な顔をさせたのは自分ではない誰か、なんてことを知ったら、自分の力で恋人をそれ以上の笑顔にさせてやりたくなるのも自然だろう?

「さて、どうやってお姫さまのご機嫌取りをしようか?」

甘い甘いキスと言葉を贈るか、はたまたしばらく彼の為にたくさんの時間を割くか。臨也は頭を働かせて良いアイディアを考えつく為、コーヒーを淹れに台所へと立った。

その後、携帯に届いた最愛の恋人からのメールを見て、思わずそのコーヒーを一口も飲まずに彼に会いに行く数分後の自分を、今の臨也はまだ知らない。






会いたいから、すぐに来い。

(それで、昨日の事はゆるしてやるから)




どちらかというとイザシズっぽい話ですが、来神三人組と静雄を絡める時は三人とも恋愛感情というか静雄を憧れているイメージがあるなので、こんな話になりました。
美郷さんに捧げます。遅くなって、すいませんでした!







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