うつむいて保健室に入ってきた静雄を見た時、ひどくはらはらした僕の心境を慮ってくれるひとは誰かいるだろうか? 臨也にどんなことを言われても、どれだけ大人数に囲まれても、トラックに轢かれても、静雄は一度として人前で泣いたりしなかった。 意地とか、プライドとか、そういうくだらないものじゃない。彼は他人に弱味をさらけ出すことを知らないのだ。いつも、周りは敵ばかりだったから。 「新羅……」 ああ、もうっ。なにやったのなにやったの臨也! 君たちの喧嘩を半ば楽しんでいた僕が言えることではないが、度というものがあるだろう。全く、あれじゃあまるで、好きな子にちょっかいを出す小学生―――、 「門田に嫌われた」 え……、臨也が原因じゃないの? 予想だにしていなかった事態に、僕はとりあえず静雄に尋問することにしようと思う。 まずは泣きやませないと。僕は静雄に断りを入れて、今いる保健室から一番近い自販機へと歩を進めた。 ひどく落ち込んだ様子の静雄は、僕が買ってきたパックの牛乳をちびちびと飲んでいる。 少し赤くなった目と鼻。 おかしなもので、あれほど恐ろしい眼光を持つ静雄は、今はすごくかわいらしい。なんか小さな子を慰めているみたいな気分だ。そうして観察しているうちに、静雄はまたぽろりと涙を流した。 「ああっ、泣かないの。男の子でしょ」 「うー」 「ほら、話してごらん。なんで門田君に嫌われていると思ったのか」 そう。それが至極不可解なのだ。 門田君と言えば、静雄が心を開いている数少ないひとり。 静雄が僕と親しいのは付き合いが長いからで、それを考えると一年やそこらで静雄と友人になった彼はかなりすごい。しかも、僕や臨也と違って、彼は比較的一般人だ。そして、僕らと違って芯から優しい人物だと思う。 だからよっぽどのことがない限り、門田君はひとを毛嫌いしたりしないはずだ。そんな彼が、まっすぐな静雄を邪険に扱うだろうか? 静雄に門田君が本気で嫌がるようなことができると、どうしても思えない。 とりあえず事情を話してもらおう、と静雄をじっと見つめれば、彼は掠れた声でぽつりぽつりと話し始めた。 「最近、門田に避けられてる」 「避けられている?」 「廊下ですれ違った時に話しかけても、気まずそうに視線を逸らされるし、俺の姿を見たら、あいつすぐに逃げるんだ」 「ああ、それで嫌われたと」 こくん、と小さく頷いた静雄を見て、僕は気づかれないようにため息をこぼす。 なるほど、だからこうも食い違ったのか。 僕は椅子に座っている静雄に近づき、その震える手をぎゅっと握る。 「静雄、馬鹿だね。門田君はそんなに簡単にひとを嫌いにならないよ」 「でも」 「それにきっと彼なら、君のことを嫌いになる前に気に障ったことを指摘してくるはずさ。特に、大切な友人が相手なら」 不安げにこちらを見上げてくる静雄に僕はにっこりと微笑んだ。 「大丈夫。もし君に落ち度があるとわかったら、その時は謝れば良い。彼なら許してくれる。だから、いつまでもうじうじしてないで、思い切って話しかけてごらんよ。『俺はお前に何かしたのか?』って」 「…………ん」 静雄は普段の馬鹿力が信じられないくらい、弱々しい力で僕の手を握り返してくる。 そして、泣きはらした顔を穏やかな笑顔に変えた。 静雄が保健室に来たのは、どうやら怪我の治療も兼ねてだったらしい。僕が教室にも図書館にもいなかったから、おそらくここにいるだろうと思った、と小さく呟いた。 偉い、ちゃんと考えたんだね、と頭を撫でれば、拗ねたような顔つきでじろりとこちらを睨んでくる。ははは、威嚇してる猫みたい。 擦り傷や打ち身の傷に簡単に手当てをして、「サンキュ」と言って出ていった静雄を見送った後、僕は保健室のベッドに近づいた。 「ごめんね、先約は君だったのに」 「…………いや」 居心地が悪そうに笑う門田君に、僕は微笑みかける。 「ね、わかったでしょ? 静雄の気持ち」 「ああ」 「ならさ、あいつの為にも、君から気遣ってあげて」 そう、保険委員でもない僕が保健室にいた理由。それは門田君の相談を受ける為だった。 静雄は門田君から嫌われたと言ったが、それはとんでもない。彼は、静雄のことが好きなのだ。それも、友人としてではなく――――恋愛対象として。 それで門田君はその罪悪感からか、はたまた好きな子と目が合わせないからか、最近静雄を避けてしまうらしい。あいつにも悪いし、けれど、この気持ちを伝えて気を遣わせるのもどうかと思うんだ。悲痛な面立ちで、門田はそう言った。 そんな悩みを聞いていた時、まさに噂をすれば影という言葉が似合うように静雄が来たのだ。 慌てて門田君をベッドに押し込めカーテンを閉じたのを、うつむいていた静雄はちっとも気づかなかったらしい。 それで話を聞いてみれば、まあ、お約束のような展開だ。 「ああ、もう。僕に対する相談なんて、ふたりとも不必要じゃないか。しかし、静雄があんなに心細そうにするなんて、友人として君が少し妬ましくもあるかな」 「それはこっちの台詞だ、岸谷」 門田君は苦笑しながら言う。 はて、門田君が僕に嫉妬することなんてあるだろうか? 理由を問うように首を傾げて見せれば、少し恥ずかしそうに彼は言う。 「静雄は、決して俺に触れてこない。俺みたいのが簡単に壊れるわけもないのにな。それに、俺から触れば、びくりと震える。さっきのお前たちのように、手を握るだなんて持ってのほかだ」 「…………」 それは静雄が君を男として意識しているからであって、静雄にとって僕は友人兼保護者だからであって、僕はもちろん愛しているのはセルティであって、静雄は友人として大切なだけであって。 色々言いたいことがあるが、特にこれだけは言っておかなければならない。 「君達さ……、もう付き合っちゃいなよ」 相思相愛 相談不要 (もどかしいったらないね) *雅楽さんへ わたしの書く門静はいつもこんなんですが、よろしければお受け取り下さい。 |