ぎしりと軋むベッドの音にびくりと震える身体がひどく憎らしい。辛うじてベッドに倒れ込まず座っている格好は、それでも臨也に覆い被られているところを見れば、自分が捕食者という事実がありありと伝わってくる。
せめて弱さは悟られぬようにと、獣のような瞳で臨也を睨む。きょとんとした奴は、くすりと毒のない笑みをこぼした。

「それが今から愛し合う相手に向ける目?」

その言葉に、例えようのない焦燥を感じた。もちろん、そんなことはわかっているし、流されてこんなことをするわけではない。けれど、やっぱり俺は本質的には理解していなかったのだろう。折原臨也とこのような行為をするということを。
もはや隠しきれない小刻みに震える指を、臨也はぎゅっと握る。

「怖いの?」

怖くねぇよ! と叫ぶはずだった口は、ぴくりとも動かない。
ただ時計の音と、互いの息の震えと、俺のまばたきと、臨也の視線だけの世界がそこにはあった。

「意外だな」
「え」
「シズちゃん、『怖くねぇよ!』とでも言うかと思ったのに」

まるで女の子みたいだなぁ、と一笑され、どうしようもないほど恥ずかしさが募る。臨也に触れられていない右手を固く握り、どうにか羞恥に耐えようとした。
すると、臨也の左手が伸びてきて、頑なな右手を宥めるように解いてくる。それがどうしようもないほど優しくて、柄にもなく涙が出た。

「泣かないでよ」

至近距離で吐き出される臨也の息は熱い。低く出される声には何だか色気があって、心臓はばくばくするし、背筋はぞくぞくするし、からめられた指は何だか心地良いし、赤い瞳は真剣だった。

「俺はさ、シズちゃんの笑顔も泣き顔もキレた顔も絶望した顔も、みんな好きなんだけどね」

臨也は俺の指をほどき、そのまま俺に綺麗な手を添えた。

「シズちゃんが馬鹿みたいにかわいそうだから、何だかすっごく甘やかしたくなっちゃった」

嘘でも良い、そう思った。
今まで俺に散々言ってきた言葉が、あの「愛している」という甘く脆い言葉が、全て嘘でも良い。
だから、せめて、この時だけは夢を見ても良いだろ? こんなに俺を「愛している」という目で見て、俺の身体を優しく触ってくる嘘みたいな光景を、今日くらいは信じきっても良いよな?

「いざ、や」
「そんな目で見ないでよ。ま、無意識でその目なんだろうね、きっと。まあ、良いや」
「何を言って――――」

最後まで言う前に、臨也の唇で塞がれた。惜しむような、長い長い口づけの後、艶やかに濡れた唇を俺の耳に近付ける。

「無意識でも罪は罪だよ」

罰を与えなきゃね、と言って臨也は情欲の満ちた顔で微笑んだ。
酸欠と快楽で朦朧とする意識の中、何も考えずに俺は思ったことを口にする。

「これは、罰なのか?」
「っ!」

一瞬動きを止めた臨也は、すぐに俺の身体にしなだれ込んでくる。思わず、ベッドに背中がつくところだったが、何とかこらえて座ったままの姿勢を保つ。

「シズちゃんさぁ、もうやめてくれない? これ以上俺を煽ってどうするの? 何? 明日歩けないくらい愛して欲しいの?」
「歩けないくらい…………」

呆れ顔の臨也など眼中に入らず、俺は奴の言葉だけを思っていた。
歩けないくらい。それは比喩だろうか? 愛が重いとかか?

よくわからないが、よくわからないまま俺は頷いていた。臨也の今まで見た中で一番驚愕したような顔を見て、何かまずいことを言ったのか? と不安になったが、言ってしまったのだから仕方ない。開き直ることにした。
それほどまでに、愛してもらうことに渇望していたのだ。
これでもかというほどの重い愛で良い。そうしないと、それぐらいないと、全然足りない。

「シズちゃん……、イイ顔してるね。そうだよね、君はずっとずっと誰よりも愛されることを我慢していたんだ」

今まで座った姿勢をキープしていた身体は、いとも容易くベッドに押し倒される。

「その分、俺が愛してあげなくちゃ」

熱っぽい臨也の瞳と俺の瞳とが交差したのが合図だったように、臨也は噛みつくようなキスを寄越した。






(熱い夜は始まったばかり)
(serenade @小夜曲 A夜、恋人の家の窓辺で愛を奏でる歌)









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