sharara | ナノ




街に出掛けた。今日は上司のかたに無理を言って休ませてもらったのだった。とりあえず祐希くんが着るものを買ってそれから出来れば食料品に行けたらいいなと漠然に考えて二人で出掛けたのである。祐希くんはというとこのデパートには来たことがないらしくキョロキョロしていた。わたしの左手とその小さな右手は繋がっている。迷子になったらたまったもんじゃないからね。


「あれ、なにしてんでさぁ」


後ろから人を馬鹿にしたような声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。今日はなんたって無理言って本当はあった仕事を休ませてもらったのだ(大事なことなので二度言っておく)。こんなところで会いたくもない上司の一人に会うなんておかしい。だって今日彼は非番ではないのだから。


「おい聞いてるかィ」

「祐希くんあっち行こう」


そう言って真っ直ぐ行こうとすると右肩を掴まれてその拍子に見たくもない目と合ってしまった。がっくりと肩を落として仕方なく向き合う形になる。


「沖田さんあなた非番じゃないでしょう。なんでこんなとこにいるんですか」

「それはこっちのセリフでさぁ。あんたに子供が居たなんて驚きやした」

「いま知人から預かっているんですよ。今日は無理言って近藤さんに休みももらいましたし」

「へぇ。じゃあ今日は俺とデートしてくだせぇ」


その言葉を聞いてさらりと受け流すようにし子供用品売り場に向かう。後ろからガムを噛みながらくちゃくちゃと沖田さんが着いてくるのは空気だと思えばいい。ちらりと祐希くんのほうを見ると頭にクエスチョンマークをつけてわたしを見ていた。さらさらな髪の毛を数回撫でて笑顔を見せる。


「お買い上げありがとうございましたー」


店員さんの不思議そうな目に必死の笑顔で対応して振り向くと真顔で携帯をいじる沖田さんがいた。服を選ぶときからこれがいいんじゃないですかィ?とか口を挟んできたり、このひとは仕事をサボるのが本当に好きだなあと半ば呆れながらも祐希くんが気に入ったものを買うのだった。


「花音さん」

「なーに?」

「あのひとのおなまえは?」

「お兄ちゃんに聞いてみて」


数歩進んで祐希くんは沖田さんの足に絡みつくように抱きついた。ここからだとあまり内容は聞き取れないけどどうやら沖田さんもちゃんと子供に接することが出来るらしい。何回か言葉を交わしたあと彼はわたしに手を振って帰って言ったのであった。


「祐希くんお兄ちゃんとなに話したの?」


食材の調達も終えて帰り道にそう尋ねると祐希くんは嬉しそうな顔をした。


「そうごおにいちゃんね!花音さんのことがすきなんだって!」

「へえ」

「でもねおねえちゃんにはすきなひとがいるんだよって言ったらね、だれってきかれたの」


わたしは祐希くんとひとつだけ約束をした。それは拾ってきてくれたひとが誰か言わないこと。小太郎のことをすべて知らないと答えること。わたしのお家に髪の長いお兄ちゃんがたまに来ることも、その人の名前が小太郎だということも。彼に関すること全部を秘密にするように約束した。


「祐希くんはなんて言ったの?」

「お蕎麦がすきなひと!って言ったらねどっか言っちゃったの」


お蕎麦がすきなひと、か。クスリと笑って祐希くんの頭を撫でる。あの日以来小太郎はわたしの家に来ていないのに子供の記憶力ってすごいなあと思いながら、わたしたちはもう一度手を繋ぎ直して家路につくのであった。





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