雨がしとしとと降っていたそんな夜だった。がらりと扉が開く音がして「今日は彼が帰ってきたのだな」と思う。毎日帰ってくるわけでもないし、付き合ってるのかすらあやしいけれどもわたしは彼が好きなことだけは確かなことだった。
「おかえり、小太郎」
そう言って彼を見ると彼の後ろに小さな人影が見えた。隠し子なんて作るような人でないことはわたしが一番知っているし、さては捨て子だろうかなんて考えてとりあえずタオルを取りに行く。その間に小太郎はちゃぶ台を前にして座っていてその子にも座るよう促していた。
「はい、使って」
見たところ5歳ぐらいだろうか。男の子はタオルを受け取って何も言わず自分の頭をがしがしと拭いている。何日もお風呂に入っていないような感じだった。タオルを受け取った際にお風呂を沸かしておいたのは正解だったらしい。きっと小太郎はお人好しだからこんな雨のなか一人でいる子供を放っておけなかったんだろう。
「花音、蕎麦が食べたい」
「君は?何が食べたい?」
小太郎の意見を無視して子供を見ると何も言わず部屋の隅を見ていた。仕方が無いから小太郎の意見を採用し、三人分の蕎麦を湯でる。彼が来たとき大抵蕎麦が食べたいと言うのでいつ来てもいいように常に蕎麦をストックしておくようになったのはいつからだったっけ。そんなことを考えながら彼と男の子のまえに丼を置く。
「熱いからゆっくり食べてね」
そういうと男の子は目をきらきらさせて熱そうにしながらも蕎麦をすするのであった。
「悪いが俺はまだやることがあってな。しばらくの間この子を預かってくれないか」
蕎麦を食べ終えて玄関先で靴を履きながら小太郎はそう言った。なんとなくだがこの家に連れてきたときからそんな雰囲気は感じていたのでわたしは何もそれについて言わず彼の背中に「気をつけてね」と小さく呟く。彼は振り向かずによろしく頼む、と言って扉を閉めた。