past | ナノ
練習が終わり、ご飯を食べに食堂に行く前に部室にスコアを取りに行こうと外に出ると、ふと見つけた小さな背中に聞こえるように名前を呼んだ。すると驚いたような不思議な表情をしながら振り返る彼女。時刻はもう月が出ているような時間で冬でもさすがにこの時間は普段より肌寒く感じる。(あいにく今日は曇っていて月が出ていない)
「今から帰んのか?」
「うん」
「送ってく」
「え、いいよ大丈夫だし」
「駅までだろ?」
多少強引めに言い彼女の前を歩くと後ろからトタトタとついてきた。歩幅をあわせて歩いてみると彼女は白黒のマフラーに顔をうずめて歩く。彼女とは一年のときに同じクラスで特別仲が良かったわけでもないが、喋らないほどでもないような関係だった、こいつが進学コースに行くまでは。こいつの友達も驚いていたし何より本人が驚いていたけど教師がどうやらやる気だったみたいで決定権はほぼ無かったらしいと三学期に風の噂で聞いた。
「寒いね」
「マフラーにタイツにヒートテックに防寒対策ばっちりだろ」
「それでも寒いんですー」
二年になってから学校ですれ違うときは大抵難しそうな顔だったり寂しそうな顔をしていた彼女が笑った。久しぶりに見る笑顔になんだか心が軽くなった、気がする。何故だかはわかんねえけど。
「なんでこんな遅くまでいたんだよ」
「勉強してたー」
「一人で?」
「うるさい」
だって勉強しないと追いつかないんだもの。彼女はまたマフラーに顔をうずめてそう言った。悪いことを言った気分になってどうしたらいいかわからなくなる。二人で照明灯の薄明かりの中を歩く。
「枡くんはなにか将来なりたいものあるの?」
「いや、べつに」
「じゃあ、一緒だね」
ふふって柔らかに微笑む彼女が初めて可愛いと思った。それから適当に最近あったことやテレビの話、芸能人の話、テストの話などたくさんした気がするが中身はまったく覚えていない。覚えているのは改札まで見送って「ありがとう」って言われてホームに続く階段に消えていく彼女の小さな後ろ姿と、あのときの笑顔だけ。
枡企画
20131206