past | ナノ
時刻は夜23時を少し回った頃。近所の某数字マークのコンビニに立ち寄ってから、どこにでもありそうなマンションの一室、我が家の玄関のドアを開ける。当たり前だけど真っ暗な部屋に一言「ただいま」を言い、ガチャリとドアの鍵を閉めた。
パチンと電気をつけて、床に荷物を置きソファーに倒れる。ほんと厄介な仕事だったなあ、今日は。もう化粧も落とさずにこのまま寝ちゃいたいなんて思いながら、ケータイを見ると不在着信の文字。二時間も前のことだから掛け直そうか迷ったあげく、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「今まで仕事かァ。会社員も大変だな」
「電話、なんだったの」
「あー。玄関の鍵あけて」
通話終了のボタンを押して、重い腰を上げる。せっかくのスカートがしわくちゃだけれど気にしない。お願いどおり鍵を開けるといい年こいたオジサンがいた。靴を脱いでる姿をぼーっと見つめているといきなり抱きしめられた。
「ちょ、ここ玄関なんだけど」
「ん、疲れた顔してっからよー。元気あげようと思ってな」
よく頑張ったなあなんて低い声が鼓膜を通して伝わって、彼の右手が私の頭に置かれて乱雑に撫でられたら自然に涙がこぼれた。なんで、こんなお見通しなんだろう。今日は仕事を上がろうと思って立ち上がった時に、たまたま上司と目があっただけで仕事を押し付けられて、残業になって気づいたらこんな時間で。
今日は雷蔵さんが来るかもしれないから早く帰りたかったのに。オジサンとの年齢差は埋まらないから、いつも雷蔵さんと会うときは残業にならないように晩御飯を作って待ってる、そんなオトナノヨユウってやつを醸し出せるような女を演じてたつもりなのに。
「おー、よしよし」
「子供扱いしないで」
「キッツイ言い方だなあ。もっと可愛らしくしたらいいのによ」
「可愛くなくて悪かったね」
「まあ気が強い女を泣かせるのもいい男の印ってやつだろ」
小さい子供をあやすかのように、わたしの頭をぽんぽんと撫でて腰に回される力強い腕。なんだか本当に子供扱いされているようでむかついたから、噛み付くようなキスをオジサンの口に一つくれてやった。
20130817