「いけー鈴木ー!」
「次に回せよー!」
並盛中学校野球部は、ただいま大会に向けて絶賛練習中。
マネージャーである私は、野球部員に飲み物とかタオルを用意したり、部員の打率をノートに書いたりと、なかなか忙しい。
今日は他校との練習試合で、今やってる試合が終わったら、終わり。
……なんだけど。
「接戦だなあ……」
状況はいまだに0ー0で、今は9回の表。並盛の攻撃だ。練習試合って言っても、決着がつくまで終わらないから、延長とかいっちゃったりして。
いくらマネージャーと言ったって、疲れるもんは疲れる訳で。正直、早く終らないかなーと思いながら試合を見ていた。
「はぁ…」
「苗字?何ため息なんかついてんだ?」
「あ、山本」
そんな時に現れたのは、同級生で野球部エースの山本武。手にはバットを持っていて、もうすぐ山本の番なんだと分かった。
というか、ため息ついてた理由聞かれちゃったよ。これ言っていいのかな、野球大好き少年に。
「いや、まぁその…試合長いなぁと」
「ん?…あぁそっか、苗字は早く帰りてえのか!」
「アハハ…そんな笑顔で言われちゃうとあれなんだけど、まぁ、正直」
私がそう言うと山本はそっかー、まぁ結構長い時間やってるからなーハハッみたいな感じで笑ってくれた。
よかった…俺たちは真剣にやってるのに、って怒られたらどうしようかと思ったよ。山本がいいやつで助かった。
「早く終わらせてほしいか?」
「そりゃあ、できれば」
「んーじゃあ俺、苗字の為にホームラン打ってやるよ!」
「……へ?」
その時、アウト!と言う声が。どうやらアウトになったらしい。今ので並盛は2アウト。もう後がない。
「おっ、俺の番か!じゃあ苗字、行ってくる!」
「あ、うん。頑張って」
「おー!」
爽やかな笑顔でマウンドに向かう山本を見送りながら、今言われた言葉を繰り返してみる。
私の為にって……、いやいや、山本に限ってそんな。深い意味はないはず、うん。勘違いするな私の心臓!
それに……いつの間にか真剣な表情になっている山本にドキッとしながらも、冷静に考える。
いくら山本だって、ホームラン打つって言って、本当に打てる訳が……
カキーン
「嘘……」
山本が打ったボールは遠くまで飛んでいって、本当に、ホームランになってしまった。
その後、9回の裏を0に抑え、結果は1ー0。完璧に山本のおかげだ。
これは、お礼をするべきなのかな。
グラウンドの整備をし終わって戻ってくる部員たちの中から、山本の姿を探す。
あ、いた!
「山本!」
「お、苗字!見ててくれたか俺のホームラン!」
「見てたよもちろん!すごいね山本!」
「んーそうか?苗字のこと考えてたらなんか不思議と力がでたんだよなー」
「え!?」
「なんでだろうなー」
いやいや私に聞かれても困るよ!
というか顔が暑い!ダメダメ、山本は別にそういう意味で言ってるんじゃないから!ただのノーテンキ野球バカだから!
「苗字どうした?顔赤くねーか?」
「え、いや!そんなことないよ!あ、それより私山本にお礼しないと!」
ちょっと無理矢理感があったけど、なんとか話を反らして山本に何がいい?と聞いてみると、山本は最初驚いたような顔をしたかと思えば、またあの爽やかな笑顔を浮かべた。
「いいっていいってそんなの!俺苗字が好きだから何かしてやりてーって思っただけだし!」
「は…」
「おーい山本ー!」
「やべっ、俺呼ばれてるみたいだから行くな!」
「………」
違う、違うぞ私。今のは友達として好きって意味だから!だってそうじゃなかったらあんなさらっと言えるはずないって!
だからドキドキするな自分!
呼ばれた方に走っていく山本の背中を見ながら、私は心臓を落ち着かせることに必死。
「もう…」
天然すぎにも程があるんだよ!この野球バカ!
「あっ、俺今、つい苗字に好きって言っちまったのな…苗字、俺の気持ちに気づいたかな」