第七戦
階段を上った先には緑の扉。
此方側から押して開く形になっている。
まぁ、扉があろうとなかろうと無意味なのだが。
今度は蹴り開けずに、刀で木っ端微塵にした。
≪おや、随分と早いご到着ですね≫
「何故ここまで、来てしまったの…?」
部屋の中央には緑の神。
その神の周りには影が守るようにして取り巻いている。
緑の神は俯きながらブツブツと何か呟いている。
このままでは話が進まない。
とりあえず一歩一歩、進みながら話しかけてみることにした。
「………お前も神なのか」
「…そう、だよ」
「随分と弱そうだが」
「…僕は、」
神が何か言おうとした瞬間、何か飛んできた。
一応避けはしたが、少し掠ったようで頬を一筋の血が流れる感じがする。
何が飛んできたのかと後ろを振り返れば、影が持っている三叉の槍が壁に突き刺さっていた。
≪あぁ、申し訳ありません、つい≫
「…つい、か」
「淋、駄目だよ、今回は、僕が」
≪たかが人、私のみでも≫
「駄目だよ、だって彼は」
ここまで来てしまったのだから。
先ほどから意味あり気な言葉を呟く緑の神。
俺がここまで来たのは間違いだとでも言うのだろうか。
とりあえず、影が神を取り巻いている限り手は出せない。
少し様子を見る為に、少し距離をとってその場に座り込んだ。
≪…玉露様≫
「うん、分かって、る…僕が、止めるから」
その場で座り込んだ俺を見ると、緑の神はボソボソと話をして影を巨大な鋏に変える。
「…鋏か」
「僕は、玉露。君が、六?」
「いかにも」
鋏を構え、今にも襲い掛かって来そうな緑の神…玉露に対し、俺は座ったまま返答をした。
刀はしっかりと手に握ったまま。
すると玉露は、いきなり鋏を此方に向かって投げてきた。
弾くだけなら座ったままでも問題無いか、と思っていたが飛んでくる鋏の大きさ、速さからそれだけでは競り負けると、直感的に気付いた。
その場から一先ず飛んで避けた。
大きな音を立てながら、俺が元居た場所に突き刺さる鋏。
こんな大きな鋏を、あの非力そうな腕でどうやって持っているのか、と考えたがそこは神。
実は軽いとか、そんな感じなのだろう。
そんな考え事をしていると、鋏が勝手に俺の顔面目掛けて飛んできた。
否、玉露が鋏を持っていた。
「っ…!」
「油断、したでしょう?」
その通りだ。
既に神を二人、下の階で倒してきた。
その小さな慢心から、今のような大きな油断を生む。
そうだ、ここで油断などしては。
とっさに刀で思い切り鋏を弾く。
何とか避けはしたものの、左横腹を鋏の切っ先が掠った。
「ちっ…」
「鋏、に…触れた」
掠ったとはいえ、大分深く抉れたようで血が止まらない。
更に言えば、痛い。
下の階では痛みなど無かったのだが。
血も止まらずに止めどなく溢れてくる。
「くそっ…どうなってる…!」
「それは、鋏の毒、なの」
玉露は鋏を床に突き刺し、此方をしっかりと見据えて呟いた。
それにしても、毒。
あの鋏には毒が塗ってあったのか。
「違う、よ…鋏そのものが、毒を持ってる、の」
「ほう…随分と物騒な鋏だな」
小難しい事はよく分からないが、それよりも今はこの状況をどうにかしなくてはならない。
毒のせいであるならば、今ならどこを攻撃されても痛みを感じてしまう。
どこを斬られても出血は止まらない。
こんな状況でも思わず笑みを浮かべてしまう俺が居た。
「…笑ってる」
「あぁ、そうだな」
「どうして、笑えるの?」
「さぁ、分からん。だが、一つだけ言えるぞ」
『神』と言う存在を相手に、殺しあえる事が楽しくて仕方ない。
俺の言葉を聴いた瞬間、玉露は鋏を床から引き抜いて、襲い掛かってきた。
「っと、危ないな」
「それは、さっきのは、どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「黙憐とも、土墜とも、楽しんで、やってたの?」
「もしかすると自覚無しに、あったのかもしれんが」
少し笑みを浮かべながら淡々と喋れば、玉露はどんどん眉間に皴を寄せていく。
いまだに血は止まらないし、かなりの痛みで少し目の前が暗くなってきた。
だが、この状況下で戦うという事が楽しい。
何故楽しいのかは分からない。
ただ、そう思うだけ。
眉間に皴を寄せただけで、襲い掛かってこない玉露を見ていると、胃から何かがこみ上げてくる。
それを止める術など無い俺はその場で、血を吐いた。
そう、血を吐いたのだが。
赤い血の中に若干緑が混じっていて、何とも言いようの無い色だった。
思わず目を疑う。
「…これが毒か」
「淋の、毒さえも、効かなくなってる…」
「と言う事は…治ったも同然という訳だな」
暫し、まじまじと吐いた血を見ていたが、ふと痛みが消えた事に気付いた。
血も大分止まっている。
「さて、これでちゃんと相手出来る」
「…哀しいね、君はとても悲しい」
「来ないのなら、俺から行ってもいいが」
「もう、僕の言葉にさえ、聞く耳を持てない…なんて」
やっぱり、手遅れだったんだね。
あまりに声が小さすぎて、何を言っているのか分からない。
だが、玉露が何かを覚悟したのは確かだ。
微かにだが、弱々しい玉露に似合わない殺意の混じった威圧をまとっている。
「そろそろ、本気を出してもらいたいが」
「僕は、楽しくない」
「………」
「僕は、怖い、哀しい、辛い」
「俺は、楽しい」
「土墜も、黙憐も、下層の子も」
「楽しかった、と言えば嘘になるが、楽しくないと言っても嘘になる」
「僕が、ここで、殺しておかなくちゃ」
「出来るのか」
「…お前なんか、いなかったら」
こんな事にはならなかったのに。
こんな事。
俺が今、ここに居る事は間違いなのか。
それとも、俺が、こうして生きている事自体が間違いなのか。
俺には分からない。
少なくとも、今ここに居る事が間違っているとは思っていない。
例え己が己で無くなろうとも。
「僕が、お前を、殺して」
「先ほどからそうして吠えるだけだが、お前に出来るのか」
「僕だって、神様、なんだから…」
「…その神が、何故泣いている」
玉露は殺気を放ちながらも、ただ殺すと叫ぶだけで何もしてこない。
それどころか、玉露は泣いていた。
言われて気付いたのか、慌てて裾で顔を拭っている。
「っ…泣いてなんか」
「答えろ、何故泣いた」
「………泣いて、なんか」
「お前が泣いたのはどうしてだ」
何となく、ただ何となく気になった。
それだけなのだ。
玉露は涙を拭くのを止めて、此方をしっかりと見据える。
「悲しいから」
「何が悲しい」
「どうして、こんな事をしなければならないの?」
「どうして、そんな事を今この場所で問う」
「だってそうでしょう、いつもなら普通に暮らしてる筈なのに」
ポタポタと玉露の頬を涙が伝って落ちる。
サングラスで目は見えないが、何かを、訴えているように感じた。
「いつもなら皆、楽しく笑ってる筈なのに」
「いつもと違う事の何が悪い」
「君だけならまだしも、何故、他の人が巻き込まれるの?」
そんな事を言われても困る。
俺には分かる筈の無い質問だ。
「何故、他人が巻き込まれてはいけない」
「…君は何も思わない?」
「あぁ」
むしろ、何を思えばいいのか分からない。
「悲しい、悲しいね…」
涙を零しながら、玉露は此方へ向かってふらふらと歩き出した。
鋏を床に刺したまま。
「もう、どうにも出来ない、僕じゃどうにも」
「俺を殺すと言っていなかったか」
「もう、無理だよ、あの人の、支配下に入ってしまった、から」
あの人の、支配下。
あの人とは、誰の事だ。
俺はいつの間に支配されてしまったんだ。
一体、いつ。
「貰っていくよ、君から、その心を」
泣きながら笑みを浮かべ、徐々に俺に近づいてくる。
何故だか、冷や汗が出てきた。
「ごめん、ね」
小さな声で一言謝罪を述べると、玉露は俺が握っている刀を、そのまま胸に刺した。
思わず、目を見張った。
「何を」
「もう、君と、話は出来ない…の」
「さっさと、ここから出て行けと」
「僕は、君が、嫌い、今の君は、とても嫌い」
「……何故」
「また、元に戻ったら、お話、しよう…」
答えを聞く前に、玉露は目を閉じる。
刺さった刀を抜き取ると、そのまま、玉露はうつ伏せに倒れた。
致命傷であるのに息をしている所を見ると、気絶したのだろうか。
何とも不思議な相手だった。
ただ、玉露を見下ろしていると、ガシャン、と何かが倒れる音が響く。
鋏がガタガタと大きく震えていた。
だが俺は、何をするでもなく、そのまま次の階へと足を進める。
何も、感じない。
○○○○
(さぁ、もう一息だ)
(あと少しで)
(新しい神の誕生)
(待ち遠しい)
(早く、ここまで来い、六)
――――――――――*
喜怒哀楽、全てを失い
それでも先へと進もうとする
何の為に、誰の為に
既に忘れているというのに
どうしてそうも前に進みたがるのか
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