第五戦
感じたことのある気配がする。
恐らく次の階の主は今までのようにはいかないだろう。
五階の扉は襖だった。
一瞬で襖を切り刻むと、畳の部屋の中央に見慣れた着物。
「よぉ、意外に早かったな、六」
「ついに神が相手になるのか、土墜」
「ここまで来りゃ、神以外じゃ相手にならねぇからなー」
「それもそうだ」
褐色の肌に金色の髪と目。
俺がもう着なくなった着物を身にまとったソイツは堂々と胡坐をかいて酒を飲んでいる。
今までの俺なら、酒を楽しんでいる所、邪魔するのは酒を飲むものとしては躊躇うのだろうが、今はそんな気は無い。
両手に持った刀を構える。
「気が早いな、もうちょい待てよ」
「急いでいるんでな」
「…わぁーったよ」
やれやれ、と面倒そうに立ち上がると、飲んでいた酒とお猪口を次の階への扉の前に置いた。
俺を倒したら飲め、と言う事なのだろうか。
「まぁ、大体お前が考えてる通りだな」
「読むな」
「癖だ、仕方ねぇ」
ウィンクをしながら俺を見る。
少々引きつつ、構え直すと土墜はキッと俺を睨んだ。
「六、少し豆知識教えてやるよ」
「聞いている暇は無い」
「そう言わずに、多分これから役に立つとは思うぜ」
「断る」
「いいか?俺以外の神が子供の姿してる理由はな」
勝手に話を始めた。
今までの奴らならこのまま一刀両断するのだが、相手は神だ。
迂闊に手が出せない。
仕方なく話に耳を傾ける。
「子供の方が不安定だが力は抑制されねぇからいつでも本気になれるってメリットがある」
「ほう」
初耳だ。
というかそれを考えて子供の姿をしているならあのバ神を少し見直しもする。
「俺が大人の姿をしてるのは力加減が一番下手だからさ」
「お前がか?」
「おぉ、一回霞愁を消しかけた事があってな」
「…もしやその所為で片耳無いのか」
「あぁ」
何て奴だ。
と一瞬だけ思った。
「この姿なら何もしてなくても自制出来るからな」
「なるほど、つまり…簡単に言えば本気で来ると言う事か?」
「そういうこったな」
と言った途端、土墜は大人から子供へと姿を変えた。
確かに先ほどより威圧感が大きい。
歯を食いしばっていないと潰されそうな程だ。
「俺は手加減ってもんができねぇ。だから常に全開なんだぜ」
「あぁ、確かに。あのバ神にすらない威圧感だ」
「MZDの何かを消す力は基本的に裏が持ってるからな」
「裏?」
「何だ、六は知らないのか。じゃあまた今度教えてやるよ」
「そんな機会があればな」
軽くあしらって、軽い刀を試しに土墜の首を狙って投げる。
案の定、刀は当たる寸前の所でピタリ、と止まった。
カシャン、と畳の上に落ちた刀はみるみる錆びていく。
流石は神、とでも言うべきだろうか。
「やはり迂闊に動けんな」
「動けねぇなら俺が行くか?」
「いや、その必要は無い」
むしろ此方の台詞だ。
一言呟いて、愛刀は鞘に収め、収める刀が無くなった鞘を土墜の足を狙って投げつける。
「さて、霞愁」
≪呼んだか≫
土墜は、ひょい、と軽く飛んで、鞘を避けると影を呼んだ。
そういえば、付き合いはそれなりだが、武器を持って戦っている所を見た事が無い。
むしろアイツは戦えるのだろうか。
「おーい、六さーん?俺、一応神だぜ?」
「普段のお前を見ていると疑いたくなるがな」
「…そんなに神にみえねぇかな」
「見えんな」
≪見えない≫
影にまで言われてるぞ、土墜。
「…いや、まぁ確かに俺は普段削除系はしねぇけど」
「尚更だな」
≪基本イメージがただの酒好きだしな≫
「むしろそれは俺としちゃ喜びどころだな」
「神としてそれはダメだろう」
「…そうかぁ?」
と言うか何故俺は普通に会話しているんだ。
時間が無いと言うのに。
だが、先ほどから一切隙が見えない相手に向かって突っ込んでいくのは、もはや自殺に等しい。
そんな風に考えながら土墜を睨んでいると、俺の心情を察したのか、霞愁を槍に変化させて手に握った。
…土墜の獲物を初めて見た気がする。
「槍か」
「思いつきだけどな」
「…今までに武器を持った事は」
「ねぇ!」
「………」
一瞬、普通に斬っても勝てたんじゃないのか、と思ってしまった俺に心の中で喝を入れ、気を引き締める。
初めて持ったにしては、軽々と槍を扱う土墜はくるくると槍を振り回している。
…このまますっぽ抜けてこっちに飛んできはしないだろうか。
「あ」
「は」
飛んできた。
思わず刀で飛んできた槍を叩き落す。
「悪ぃ、すっ飛んだ」
「予想できていた」
「マジか」
足元に転がった槍を掴んで、土墜に投げ返す。
思いっきり力を込めて、本気で。
「ほらよ」
「?!」
少し驚いた顔をしたものの、パシッ、と普通に取られてしまった。
「あぶねーあぶねー」
隙が、見えた。
一瞬の隙を見逃さず、俺は土墜の懐へ突っ込んでいく。
薙ぎ払うように一振りした。
「甘ぇ」
「!」
ガキッ、と鈍い音がする。
よく見ると刀は槍によって当たる寸での所で止まっていた。
素人とは言え、相手は仮にも神だ。
驕りを無くせ。
「槍ってのは難しいな」
「変えるのか」
「そうだな、お前に合わせてみっか?」
ニッ、と土墜が笑みを浮かべた瞬間、勢いよく刀を弾き返され、軽く吹っ飛んだが何とか受身を取る。
土墜を見れば、先ほどまで手に持っていた槍が、刀に変わっていた。
俺の刀と同じものに。
「俺の真似をすれば勝てると思っているのか」
「むしろお前は神に勝てるって思ってんのか」
神に?
神に。
勝てる。
否、勝たなくてはいけない。
「何としても勝つ」
「何の為に?」
何の、為に?
何の為、に俺は先へ進まなければいけないのだろうか。
一体、何を理由にここまで来たのだろうか。
今更分からなくなってきた。
だが、進めと、どこからか声がする。
「声がする」
「声?」
「そうだ、声がひたすらに進めと」
「…なんだ、もう聞こえちまってるのか」
「聞こえてはいけないのか」
「そうだ」
「何故」
「その声は世界の声だから」
「世界」
世界が。
世界が、俺に進めと言っている。
何故俺に。
何故神ではなく世界が。
「何故」
「もう、お前は疑問符すらつける事はないのか」
「何だそれは」
「お前はもう、誰にも、自分にも、何にも、問わないんだな」
何を。
いや、それより、「問う」とはなんだったか。
疑問符とは何だ。
何を。
「おいおい、戸惑わせるなよ、土墜」
空から声が。
「戸惑いなんてもん、最初に消したくせによく言うぜ」
これは、先ほどから聞こえる声だ。
これが世界の声。
「何だ、ネタバレはえぇな、土墜…まぁいい。詳しく知りたいなら」
早く来いよ。
体が動かない。
頭が痛い。
「…六?」
早く、行かなければ。
異常なまでに頭が痛い。
まるで割れるかのように痛い。
一体どう言う事なのか、分からない。
とにかく、本能が行けという。
行くしか、道はないと。
頭の中に色々と駆け巡る。
走馬灯のように。
色々と。
弟と諦めた日。
神と出会った日。
土墜と酒を飲んだ日。
KKと小競り合った日。
ハジメのメロンパンに殺されかけた日。
マジメに追い掛け回された日。
修がサボった日。
歌と、出会った日。
懐かしい思い出が。
思い出が。
「思い出を」
ハッとする。
しまった。
大分ボーっとしていた。
だが、体に傷は無い。
刀には血液がついているのに。
俺の周りには血が飛び散っているのに。
何故。
後ろを振り向けば、畳に突き刺さった刀と、割れた酒瓶と、血溜まりの中心に土墜。
い つ の ま に 。
俺は、いつ。
覚えている、覚えていないどころではない。
むしろ、誰が、と。
だがここに居るのは俺と土墜だけ。
ならばやったのは俺だ。
「土墜、お前は神ではないのか」
「…六」
「まだ、戦えるか」
「無理だな」
「どうして」
「どうして?お前が、一瞬のうちに」
俺の脚と腕と腹と心臓と喉を刺したと言うのに。
ゴロリ、とうつ伏せだった状態から仰向けになる。
転がると同時にピシャッと血が跳ねた。
「…覚えていない」
「なら、いい」
「いいのか」
ゴホ、と土墜は一度血を吐いた。
畳に血が滲む。
ツ、と一筋流れた血が、俺の足の指先に付いた。
「俺の事は、忘れるべきだ」
「何故」
「お前、問わないのに、何故って言いすぎだ」
「いいから、答えろ」
土墜は、微笑みを浮かべながら手をヒラヒラと左右に振る。
どういう意味だ。
「お前はもう、戻れないんだ」
「そうだな」
「過ぎた事は、全て忘れなきゃいけねぇんだ」
「理由は」
「お前が、神になるから」
「俺が」
神に。
俺が、神になる。
誰が決めた。
「世界がだ」
「読むな」
「癖だ」
ハハッ、と弱弱しく笑った土墜は、床に刺さった刀を抜いて欲しいと言った。
「抜くだけでいいのか」
「あぁ、持ってくなよ」
「同じ刀は二本もいらん」
「だろうな」
俺は、土墜の足元に深く突き刺さった刀を抜いた。
瞬間に、刀は影になって、スルリと地面に落ちた。
≪……オイ≫
「わりぃ、暫く無理だわ」
≪一週間酒無しな≫
「マジッいででででで!」
影の霞愁は土墜の傷口に容赦なく手を触れ、淡い光を出しながら弄っている。
思わず笑みが零れたが、こうしてはいられない、と次の階へ行こうとする。
「六」
土墜に呼び止められた。
振り向かず、背を向けたままで返事をする。
「何だ」
「こっからは神と、一番辛い相手しか待ってねぇ」
「…一番辛い相手か」
「そうだ、気をつけろよ」
「止めないんだな」
「お前が行くんなら止めるつもりはねぇよ、ただ」
「ただ、何だ」
「お前とは普通に酒を飲んで話してたかったな」
「…そう、だな」
土墜は、忘れなければいけないといった。
これまで会った事を、在った事を、遇った事を。
ここから忘れて、振り返らない。
だが、想いは忘れない。
俺は、俺だ。
俺が思う事、想う事は忘れない。
ここから先は、そうして進む。
「じゃあな」
「あぁ…さよなら、六」
刀の血は、拭わない。
思い出と記憶
(友?そんなもの必要ない)
(思い出?邪魔なだけだろ)
(神になるものに必要なのは)
(力だけだ!)
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進ませない土墜に
イライラしたのか世界が出てきました
必要ないものと必要あるもの
決められるのは誰?
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