人神 | ナノ


鬼神の末路

 


「六」

「何だ」


小高い丘。日の沈む地平線が綺麗に見える場所。鬼神などと言われるようになってからは時折ここへ景色を見に来ていた。落ちていく陽を見ていると少しの間だけ、自分が人であった事を思い出す。
今日も陽を見ていると背後に気配。聞きなれた声で名を呼ばれたが、だからといって振り向くことなどせず声だけの返事を返した。


「…その、世界から、伝言」


言いにくそうに言葉を少しずつ千切っては投げてくる。神たる者が、そんなことでと思いはしたがこいつは別だった。音を愛し、皆を愛し、世界を愛す。それがこの神の役目であり根源たる性質で存在なのだから。
振り向いて神の顔を見つめれば今にも泣きそうな顔。世界の言うことだ、どうせ俺の廃棄を決定したのだろう。


「言わなくともいい。想像はつく」


内容に察しはつくし、わざわざ言わせることもない。そう考えて喋るのを止めさせる。
辛い役目を任せるものだ。そう思いつつも世界のやることなら仕方がないか、とも思った。何故なら、奴はそういう性格をしているから。どこをどうすればあれほどに性格が捻じ曲がるのか、それこそ不思議なところだがなるべくしてなった、と言っても間違いではないのかもしれない。
だが、そうか。役目は終わるのか。


「…なあ、六」

「何だ」

「どうして、笑うんだ」


ふと、言われて気付いた。笑っている。この俺が。役目の終わりを言い渡され、死刑宣告にも近いそれを受け入れた上で笑っている。その事実に気付かぬ笑みを忘れて、笑いが込み上げてきた。可笑しい、可笑しい。まさかこんな事で笑える日が来るとは。
怪訝そうな顔を見せる神に精一杯の微笑みを見せて何故笑うのか、という問いの答えを返した。


「さて、何故だろうな」


この顔を見て神は更に顔を歪ませる。昔から、人でいる時から分かっていたことだが今更実感する。本当に、こいつは優しいのだと。人でなくなり、参加者としてもいなくなった俺をこうして心配しているのだから本当に、優しくて馬鹿なやつだと。そう思う。


「消されるって分かってるのに、何で」


優しき神の悲痛な声が辺りに響く。視線を陽の沈みきった地平線に向けて、昔のことを思い返していた。
この役目が終わった時、あの楽しい日々を過ごせるのではないか。ユンタが、ハジメが、修が、マジメが、ニッキーが、リュータが、ハヤトが、フロウが、雷舞が、ジャックが。隣に、黙が。皆がいるあの場所で笑って過ごせる日がまたやって来るのでは、と。そんな、夢のような夢を見ている。きっとそんなことは無い、と諦めていながら未だに残る記憶と思い出が諦めきれずにいる。そんな夢を。
ゆるやかに首を左右に振ってMZDを見る。不思議そうな顔をしながらこちらを見ているその様子が何だか懐かしく思えた。


「少し、夢を見ているのかもしれない」

「…夢?」

「また、あの空間に戻れる日が来るのでは、と」


ありもしない夢を見るなど愚の骨頂だ。皆はもういない。唯一の肉親だった弟でさえも、己のことを忘れて過ごし、そして人としていなくなった。長い年月を過ごしすぎたこの頭は少しおかしくなっているのかもしれない。所詮は人間から造られたものだ、世界には分かっていたのだろう。この頭が、体が、使えなくなるその時を。


「……六」


サングラスで見えないMZDの目から涙が流れている。涙は頬を伝い、地に落ちた。その一雫は辺りの草木を一瞬で育て上げ、大きく育った草木はMZDを泣かせた存在から守るように覆っていく。一歩、自身が歩み寄れば草木はこちらへ鋭い枝葉を向けてくる。しかしそんなものを気にせず、草木枝葉を掻き分けて片手を伸ばしMZDの涙を拭った。


「泣くな」


笑え。お前には太陽のように暖かい笑顔が似合うだろう、こんな事で泣くんじゃない。もう片方の手もMZDの頬を伝っていく涙を拭う。いくらでも零れてくる綺麗な雫を、一つ一つ丁寧に拭い続ける。戸惑うMZDに笑みを向けた。


「でも」

「泣くな、笑え」


そして見送ってくれ。何処へ行くのか分からない、この俺を。もしかしたら存在自体が消されてしまうのかもしれない。例えそうであったとしても、皆の笑顔を見ていけるのならそれで構わない。


「…お前はっ、それで良いのか…!」

「…俺の選んだ道だ、後悔などしてはいない」


後悔はない。これは真実だ。そして反省すべきところも思い当たらない。全うした。それだけだ。だから泣くな、別れではない。そう自分自身に言い聞かせながら。


「ろ、く…っ…」

「だから泣くなと言っただろう」


呆れたように笑えばMZDは俯いてしまった。さて、どうしよう。拗ねてしまっただろうか。自身としてはそろそろ手先や足先の感覚が薄れていて世界から廃棄が近いことを知らされている。こんな状態を言うわけにもいかずに、どうしたものかと思っていればMZDが勢いよく顔を上げた。


「…笑えば、お前はそれで、良いのか」


泣いたせいで赤く腫れた頬と鼻先、泣くのを我慢していますと言わんばかりに寄った眉間の皺。だが、口元は歪んでいつつも笑っていた。しっかりと、笑って俺を見据えていた。その姿を見て自然と口元が緩む。


「そうだ、笑って、見ていてくれ」

「……」

「何処へ行くのか、見ていてくれ」


そして出来れば、覚えていてほしい。俺という存在を。それが難しいなら、俺とお前とKKと、それにあいつらと、皆がお前と一緒に笑っていた日々を。覚えていてくれ。たったそれだけで良いから。
体が徐々に軽くなる。今にも飛んでいきそうなほどに、重力が消えていく。MZDの頬に触れていた手先はもう感覚がない。足先も感覚がない。宙に浮いているような気分になりながら、ゆっくりと目を閉じた。


「六…!」


最後に聞こえたのは我らが神の声。そういえば、俺と黙をこの世界へ導いたのはお前だったな。最期も、導くのはお前だったか。


「また会おう、MZD」


願わくば己の来世で。






鬼神の末路
(ぱちん、と弾けて消えた)
(体も魂も全てが弾けた)
(もう、会えないんだな、六)
(俺は忘れない、全てを覚えて歩んでいこう)








――――――――――*
鬼神と呼ばれた六さんの末路。
きっと終わりは呆気ない。とても長い長い、六さんと笑い合ったパーティー参加者が皆居なくなってしまうほど長い時を過ごした結果がこれ。

皆が、あいつらが、弟が。笑っていたから自身も最期は笑って逝こう。
そうすればきっと、また笑顔で会うことが出来るだろう。


某青い小鳥で小話書いたら発展したお話。思いの外シリアスになってしまって、まだ自分でもこんな話書けたんだなあと久々にしんみりしました。鬼神六さんにハッピーエンドは存在しないと悟ってしまって辛い。

読んで頂き有難う御座いました。


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