人神 | ナノ


第十戦

 


階段を急いで駆け上がって、たどり着いた先は。

白いフローリングの床に木目の壁、天井には青空が見える。

足元を見れば点々と滴っていた血痕が、部屋に入った瞬間からまるで引きずったかのような跡になっていた。

その場で立ち止まり、目線だけをそのまま跡を追うように動かせば当然その先には子供の後姿。



「MZD」

「……六?」



ゆっくりと振り返った神は、虚ろな目で俺を見ていた。

先程とも、普段とも違う雰囲気に少し首を傾げる。

俺がここに来るまでに何かあったのだろうか。

と、考えていると、MZDは刀を凄い勢いで投げてきた。

反射的に避ければ刀は壁に突き刺さる。

内心驚きながらも、冷静を装いMZDの方を見た。

微かに口が動いている。

俺に声は当然聞こえないし、口の動きで何を言っているか分かる訳でもない。

何を伝えたかったのか分からないまま顔を青ざめさせながらMZDはその場に倒れた。

壁に刺さった刀を抜いて、倒れたMZDに近寄ろうとする。

が、突然MZDからとてつもない殺気を向けられた。

普段のあのバ神にはありえない様な、重く痛々しい殺気。

それと同時に服の色が徐々に紫へと変わっていく。

一体どう言う事だ?



「………」

「…んあ…あ?」

「…?」

「…あーあー…何だ表のか…」



むくり、と起き上がった紫のMZDは、まず発声練習でもするかのように叫んだ。

手や足をジッと見つめたかと思えばぴょんぴょんと飛び跳ねる。

そこから数秒してがっくりと項垂れてため息をついた。

MZDの姿でこそあるが、別人になったように見える。

俺の事が見えていないかのように振舞う神に恐る恐る声をかけた。



「…誰だお前は」

「あん?むしろお前が…って、見た事ある顔だな」



見た事のある顔、と言った。

コイツはMZDではない。

ならば目の前にいるのは誰だ?



「答えろ、誰だ」

「あーそうだな、名前ってもんはねぇが、裏とは呼ばれてる」

「裏?」



どこかでそれを聞いた。

確か、土墜が言っていたような気がする。

MZDの裏。

何故今出てきたのだろう。



「しかしこの様子じゃあ仕事って訳じゃなさそうだが」

「お前が何の事を言っているのかは知らんが、今の相手は俺だ」



もしかしたら先程のMZDはこの裏だったのかもしれない。

それを確かめる為にも、一度戦ってみるべきだ。

ちらりと左手に握った弟の刀を見る。

二刀というのは少し苦手だったりする。

が、そんな事も言っていられない。

鞘は無い。だからと言って刀をどこかに置いておくのも嫌だ。

ならば二本とも手にして戦うのみ。



「あれ?お前って二刀流だっけ」

「いや、違う」

「何で二本も持ってんだ」

「この手から離したくないが為」

「へぇ…無駄にかっこいい、のがなーんかムカつく」

「知らんな」

「…さて、俺サマはどうすっか…お?」



未だに弱まる事の無い殺気を全身に受けながら構える。

裏はにやにやと笑いながら此方を見てはいるが絶対に目は笑っていなさそうだ。

武器を出さないのかと不思議に思っていると、いきなり空中に大きな鎌が出てきた。

それを手にした裏はぱっと嬉しそうに笑顔を浮かべる。



「俺サマの鎌!…じゃねぇし」

≪残念だったな≫

「ちぇ、世界のか…まぁいいや、大人しく使われてろよ?」

≪構わんが主の命があるまで、と言う事を覚えておけ≫



鎌と喋っている。

あれが裏の影なのだろうか?

何にせよこれで平等に戦える訳だ。



「いざ」

「少しは楽しませてくれよ?」



まず最初に動いたのは裏。

一階に居た時の自分では見えないであろう速さで鎌を振り上げながら襲ってきた。

上から振り下ろされる鎌を弟の刀で受け止め、膝を狙って俺の刀を振り切る。

が、一瞬で殺気にでも感づいたのか、瞬きすると目の前から消えていた。

どこに行った?と思っていると後ろから声。



「おいおい、どこ見てんだよ、俺サマはこっちだぜ?」



ずしりと刀が重くなる。

まさか、と思って後ろを振り向けば、刀の上に裏神が乗っていた。



「あんまりにも遅ぇもんで、乗れちまった」

「…っ降りろ!」



勢いよく左右の刀を交差させる。

軽く飛んだ裏は、くるりと一回転をして着地をすると鎌をくるくると回しながら、笑っていた。



「お前、そんなんでよくここまで来れたな?」



馬鹿にしたような、軽い感じの言葉。

それに対して別段怒りを覚える事は無かったが、代わりにコイツを叩き伏せてみたいとは思った。



相手の方が一枚も二枚も上手。

これは確かだ。

その相手に勝つにはどうすればいい。

神経を研ぎ済ませろ、相手には常識が通じない。

なら非常識を使えばいい。

非常識なやり方でねじ伏せればいいじゃないか。



「…?何か雰囲気変わったな」

「………来い」



目を閉じて深呼吸をする。

見ていて追いつかないなら気配で追えばいい。

全身の力を抜いて、無防備な状態を作る。

気配がはっきりと分かるのはおよそ半径二メートル。

油断して俺に近づきすぎたその時こそ、裏を仕留めてみせる。

完全に防御も攻撃も出来ない状態になった俺を見ても裏は何もしてこない。

警戒しているのだろうか。



「あやしー…が、引っかかってみる手もあるな」

「さて、どうだかな」

「いいじゃねーか、そういうの。乗ってやるから、ちゃあーんと仕留めろよ?」

「言われずとも」

「んじゃ、行くぜっ」



微かに感じていた気配が消えた。

どこに居るのか、分からない。

だがただひたすらに己の周りに気をつければ怪我はしない。

飛んでくる斬撃も殺気によってすぐ分かる。

かわしていれば痺れを切らして飛び込んでくる筈だ。

必ず、相手の方が、正面か背後から。



「っ…目ぇ閉じてる割に、やるじゃねーか」

「逆だ、先は目が開いていたから鈍くなった」

「言うねぇ…じゃあそろそろ決着つけようぜっ!」




ここだ、奴は前と後ろ、どちらから来るか。

俺の考えでは後ろ、だが果たしてまっすぐ来るものか。

多少の知恵はあるようだから、裏を掻いて前から来るかもしれない。

どちらだ、今、奴は何を考えている?




『どーせ後ろから来る、とか思ってるだろうし前から飛び込んで、真っ二つにしてやる!』

「!」



今のは、裏の声?

だが今のは頭の中でふっと、出てきた感じだった。

裏が喋ってそれが耳に入った訳じゃない。

一体どう言う事だ…?

いきなりの事に少し動揺していると、どこからか声が聞こえた。



「おいおい、いいのか?んなに気を緩めまくってよ」



ホントにサクッと殺しちまうぜ?

笑い声と一緒に聞こえたその言葉は、俺の動揺、油断、その他全ての己に対する過信を消し去った。

集中しなければ。

今のがもし奴の本心だとすれば、前から来る事になる。

だが、それが奴の仕掛けた罠だったら?

しかし本心だとしたら?

奴の言動を思い返して、少し思考を巡らせ、前後どちらかを決めた。

俺の答えは、後ろ、だ。



「さぁ、来い」



間違いは、ない。

発した言葉に返事が無いまま三十秒。

いきなり恐ろしいまでの殺気が現れた。

予想通りに、俺の後ろから。



「俺サマの勝ち」



それは違う。

俺の、勝ちだ。



「残念だったな、裏」

「…てめ、何で…」

「貴様なら直前で考えていた事と逆の事をしそうだ、と思ったまでだ」

「へ、それが、当たった…て訳か…」



裏の右胸と左わき腹に刺した刀を引き抜く。

同時に裏はその場に崩れ落ちるように倒れた。

ガラン、と大きな音を立てて足元に転がった鎌は、一瞬で溶けるかのように消えた。

うつ伏せで倒れた裏は、仰向けになると眠そうな目で俺を見て呟く。



「また、後で、な…鬼神」



一言だけ呟いて目を閉じた裏の服は、次第に普段のMZDの色へと戻っていった。

結局は聞けなかった。

黙をやったのは裏だったのか、否か。

それに最後の一言が俺の中に疑問を増やした。

鬼神、とはどういう事なのだろう。

裏とはまた後で、会うのだろうか。

死んだように眠っているMZDを見下ろしながら考えていると、上がってきた階段のほうからパチパチと手を叩く音。

何となく、音の方へ目を向ければ、そこには見た目だけMZDで髪色も目の色も服もMZDとは違う誰かが居た。



「一旦お疲れさん!いやーすげぇなお前、流石俺の見込んだ奴だわ」

「…誰だ」

「…あれ?覚えてねぇ?前に一回だけお前と会ったんだけど」

「いつの、話だ?」

「ほんの、一ヶ月前の話だ」



一ヶ月前?

何をしたっけ。

確か変わった日と言えば適当に歩き回っているとMZDと似た姿をしたやつがKKと話していて、見た事のない奴だったし、何故バ神に化けているのか気になったから追いかけて、話をした位…で……まさか。



「お前…あの時の…!」

「思い出してくれたか?そう、その時の世界さんだ」



世界、さん?

聞いた事のない名前だ。

いやそもそも世界という名前など。



「お前は一体何者だ?」

「だから、名前の通り、世界さんだって」

「お前がこの世界そのものだと?」

「そ。でもま、『この世界』と言うものは俺の体の一部に過ぎない」



うちの息子共がいける範囲内が、全部俺だ。

なんてドヤ顔で言っているが、本音としては全く意味が分からない。

それにしたって世界が人型だというのを初めて知った。

会話が出来るんだ。

まず何の為にこんな事をしたのか、それを聞こう。



「とりあえず、何故こんな事をしたのか、話を聞こうか」

「単純な話だ!お前を神にしたかっただけさ」

「あの話、本気だったのか」

「当たり前、俺がしたいと思えば全てが思い通りになるんだからな」



だから現にお前は、ここにいるんだろう?

笑顔を崩さない世界に少し嫌悪を覚えた。

こういう自己中心的な奴は苦手だ。

だが、これからは付き合うと言う事になるのだろうか。



「お前は今、神様になる一歩手前に居る」

「一歩手前?」

「そう、人でもねぇし神でもねぇ、ましてや幽霊なんてもんや妖怪なんてもんでもない」

「それはつまり」

「そう、ここにただ存在するだけの何か」



人で無くなった事は分かっていた。

ここで終わるものだと思っていた。

終わらないのか、まだ、先があると。



「ま、人を神に、なんてのは初めてだったが上手く行きそうだ」

「…何?」

「記念すべき初めて人から神になれた存在って訳だ」

「まだなっていないんじゃないのか」

「まだ、な。すぐにしてやるよ、俺が」



パチン、と世界が指を鳴らした瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ気がした。






意思
(ほらごらん)
(気付けば全部誘導されてる)
(お前の意思は全部、俺の意思)
(俺の意思は全部、お前の意思)
(もう、絶対に、逃げられない)








――――――――――*
世界の気紛れとは
とても残酷なもの
全てが全て、奪われる
ほら、自分の意思さえも
消えていく



→ Next 最終戦

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -