人神 | ナノ


第九戦

 


嫌な予感がする。

階段を駆け上がりながら唐突にそう思った。

この先に行けば、後悔か絶望しか待っていない。

そんな気がしてならない。

何が待っていようと先へ進まねばならないのに、今更怖気づくとは。

己がとても情けなく思った。



「例え誰が相手であろうとも」



そう、誰が相手でも最上階まで行ってみせる。

しかし不気味な不安は拭えないまま、次の階へとたどり着いた。

何故だか、懐かしい気配がする。

更に大きくなった不安を無理矢理、気のせいだと納得させて扉を開く。

部屋の中央にはあぐらを掻いている子供。

見間違えでなければ、いや、見間違える筈も無い。

あれは、弟の。



「黙…?」



無意識のうちに名を呼んだ。

とても小さな声だったのに、黙はそれに反応して立ち上がる。

金色の目は、しっかりと俺を見ていた。



「……兄」

「黙、お前が何故ここに」

「兄の為に」

「俺の、為?」



俺の為に、何をするつもりなのだろうか。

まさか、俺と殺し合うなんて事は。

そんな事を考えていると、弟は普段使わない刀を抜いた。

刀の切っ先は、真っ直ぐに俺へと向けられた。



「黙」

「兄の、為」

「俺の為じゃない」

「違う」

「違わない、お前は」

「兄の為だと、言った」

「…誰がだ?」

「神に」



MZDに?

黙をけしかけたのは、アイツなのか?

分からない。

とにかく弟をどうにかしなくては。

このままアイツの思い通りになるのは、何だか癪だ。

弟とは言え、素手で戦うには少し難しい。

仕方なく刀を抜いた。



「黙、お前は俺の為に何をする気だ?」

「兄の為に、兄を さなければ」



一部がよく聞こえなかった。

何と言ったのか、気になってもう一度聞こうとした瞬間、目先に刃。

紙一重で避けはしたが、刀の切っ先が右目の瞼を掠った。

ぽたり、ぽたりと血が涙のように滴る。



「刀を収めろ、黙」

「どうして」

「お前のしている事は、俺の為じゃない」



神の為だ。

そうは言ったものの、黒の時に言われた事も気になる。

だが、やはりそんな事よりも今は目の前に集中する。

弟には制止の声が届いていないようで、また刀を振り上げてきた。

言って聞かないのなら、実力行使でどうにかするしかない。

一先ず、武器を取り上げようと峰で手首を狙う。

しかしそれを予想していたのか、避けられてしまった。

しまった、と思った時には既に遅く、避けた一瞬の間に右手から左手に刀を持ち替えた黙は一回転しながら俺の体を斬りつけた。

少し深めに斬られたのか、血がドクドクと溢れ出す。

目の傷はそれほど深くなかったのか、どうやら治ったらしい。

右手で斬られた所を押さえながら、左の裾でゴシゴシと右目の血を拭き取る。

少しは見えやすくなった、が、この状況をどうするか。



「く…」

「浅い…」



どうする?

どうすればいい?

どうするべきだ?

どうすれば、元に。

黙は考えている間も、手を緩めず攻撃をしてくる。

紙一重で避け続けているつもりではあるが、避けきれていないようで掠り傷が増えていく。

徐々に増えていく、血痕。

先ほどの傷も、深いせいなのかまだ癒えない。



「まだ、まだ、足りない」

「いい加減にしろ、黙!」

「まだ」



足が、滑った。

血の所為で、足を滑らせてしまった。

これ以上の不覚は無い。

一秒一秒がとても長く感じた。

心臓に突き刺さる刀を、俺は他人事のように感じた。

息が出来ない。



「…兄」



ポタリ、と何かが滴る音。



「馬、鹿…者…」

「兄、兄っ!



正気に戻ったのか、刺さった刀を勢いよく引き抜くとそれを投げ捨てて走り寄ってくる。

ここ数年、見なかった泣き顔が目に入った。

なんて顔をして泣いてるんだ、お前と言う奴は。



「誰が……俺が、こんな事を」

「覚えて、ない…のか」

「何故、ここに俺がいて、兄がいるのか分からない」

「そ、か…」

「兄、それ以上、喋っては」

「心配、する、な…直に、治る」



しかしどうしたものか。

誰であろうと、と言ったものの俺には流石に弟を斬る事が出来ない。

…否、斬りたくない。

黒が言っていた事を思い出した。

『次の相手は神様以上に一筋縄じゃいかねぇぞ』

一筋縄どころか、勝てそうに無い。

友や仲間達を斬っておきながら、弟は斬れないとは。

己の意外な弱さに、呆れて口元が緩んだ。



「…兄?」

「何でも、ない」

「それならいいが」



ようやく息が整って、起き上がる。

とりあえず刀を収める為に立ち上がろうと思えば、黙が俺に手を差し出した。

…普段なら逆に俺がやる側なのだが、と少し悔しかったのは内緒だ。

しっかりと手を握り、立ち上がろうとする。



「…!」



が、しっかりと立っていた筈の黙が倒れてきた為にそれは出来なかった。

まるで、いきなり力が抜けたかのように、ゆっくりと。

どうしたのかと思い背中を叩けば、何かの液体が手についた。

手を見れば赤い、それはまだ新しい血だった。

血?何故背中から、俺は何もしていないし、ましてや黙自身がした訳でもない。

誰が?

そんな事を考えている間にも、どんどん触れている肌からは体温が消えていく。

何とかしなくては、止血をしなくては、と考えはするが体が動かない。

怯えているのか、それともただ呆然としているだけなのか。

早く行動しなくてはと思っているのに、この体は動いてくれない。

やっと発した言葉は、名前だった。



「黙」

「……後ろに……兄…気を、つけ…」



息が、止まった。

俺の腕を掴んでいた手から、力が抜けてだらりとしている。

小さく揺すってみても動かない。

何も、動いていない。

白憐の時の記憶が脳裏を過ぎった。



「…後、ろ」



必死で己を心の中で落ち着かせながら、目線を黙が立っていた所より後ろに向ける。

と、誰かの足。

見た事のある、靴。



「…何故、お前が…」

「何故?変な事聞くんだな、六」



目線を徐々に上げていく。

黒と白の靴に、青い半ズボン。

赤いジャケットに血のついた黙の刀。

黒縁の目の見えないサングラスと黄色い帽子。

そこにはよく知った顔があった。



「MZD、お前何を…いや、何故、黙を刺した」

「だから、何故って変な事聞くんじゃねぇよ」

「どこがおかしい」

「俺のする事ってのは、大体正しいんだ、神だからな」



MZDはいつもの様に楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。

そう、なんらいつもと変わりは無い。

手に持っているもの以外は。

大方手にしている刀で刺したのだろう。

何故、刺されなければならなかった?



「答えろMZD、何故刺した」

「単純明快、その必要性があったからだ」



笑顔で答える奴に殴りかかろうと思ったが、黙が俺の上に倒れたまま。

そっと、黙を仰向けにして見開いたままの目を閉じさせた。



「あーらら、六が驚いて動かねぇから死んじまったぜ?」

「黙れ」



けらけらと軽く笑いながら喋るMZDに刀を向ける。

向けられた刀を見て、一瞬、驚いた顔をしたかと思えば大笑いし始めた。



「…ぷ、っははははは!ま、まだ早ぇよ!別にそこまで怒らなくてもいいだろ!はははははは!」



先ほどは普段と変わりないMZDだと思ったが、何かがおかしい。

何かが、違う。

MZDではないのなら遠慮する必要は無い。

MZDであっても遠慮はしないが。

腹を抱えて大笑いをする奴の右手を刺す。

奴は「いっ!」と叫んで方持っていた刀を落とした。



「いっ…てぇー…何すんだよ六」

「不愉快だ、喋るな」

「えー六冷たーい」



くすくすと笑いながら俺を見ている。

あいつの足元に転がっている黙の刀をどうやって取るかを考えていれば、その考えを読んだのか、奴は今度は左手で刀を拾い上げた。



「これ、んなに大事なもんか?」

「返せ、それは貴様に持たせておくようなものじゃない」

「やーだねっ」



一回だけ、トン、と軽い音が聞こえた。

瞬きをすると、そこに奴は居らず、扉の目の前に移動していた。



「返してほしけりゃ、次の階まで来る事だな!」



刀を持ったまま、奴は次の階へと走っていった。

奴の手から刀を取り戻さなくては。

俺の為に。

否、黙の為に。



眠るようにその場に横たわる弟に、己の刀の鞘を持たせる。



「少しだけ、待っててくれ」



お前の刀と一緒に、ここへ帰ってくる。



柄を握り締めて扉に向かって走り出す。

後ろから、微かに「行くな」と聞こえたのは、何だったのだろう。

考えながらも、真っ暗で先の見えない階段を駆け上がった。



階段に足を踏み出した瞬間から、黙の体が消えている事に気付かずに。






存在
(これでお前の肉親は居ない)
(追いかけて来い、早く早く)
(次…階でお………か…)
(な………る…………)
(……………………)








――――――――――*
あの神様は真?嘘?
唯一の肉親さえ居なくなって
己の存在を証明出来るのは己のみ
行きはよいよい、帰りはこわい
本当に、帰れるの?



→ Next 第十戦

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -