そのた | ナノ


目隠しで結婚式

 


すり、すり。赤い薄絹が床の上を撫でるようにしながら引きずられていく。薄絹は時折聞こえる咳と共にゆらゆらと揺れていた。


「…ごほっ」

「あと少し、あと少しの辛抱ですぞ」

「は、はぁ……。あの、少々お聞きしても…」

「何ですかな」

「私に、一体何を…」

「それは…まだ、まだ秘密なので言えませぬ」


廊下を歩く二つの人影。片方は黒い装束を身に纏い、もう片方は赤い装束に包まれている。赤い人影の手を引いている黒い人影は若干背丈が低いが口元には髭が生えており男だと一目見れば分かる。一方の赤い人影は黒い人影よりも少々背丈が高いが、頭からかぶせられた赤い薄絹により顔は見えない。頻繁に咳込んでいる様子から病弱のようである事が窺える。
ゆっくり、ゆっくりとどこかの部屋を目指して二つの人影は進んでいく。


「…、っげふ、ごふっ…!」

「嗚呼…無理をさせてしまいましたな。到着致しましたぞ」


黒い人影ががたり、と音を立てて扉を開く。赤い人影の手を引いて部屋の中心にある椅子に座らせると頭にかけられていた赤い薄絹を取った。

見えたのは青白い顔に黒い目隠しの布。前髪には少々白髪が見えるが、十分若そうな男である。


「郭淮殿」


黒い人影が赤い人影― 郭淮の頬を愛しむように優しく撫でる。黒い人影は、目隠しを取ろうとはしない。


「…陳宮、殿」


郭淮は声の聞こえる方へ顔を向けて黒い人影― 陳宮の名を呼んだ。その気になれば取れるであろう目隠しを取ろうとはしない。


「郭淮殿、とても、とてもお美しいですぞ」

「…陳宮殿?私は、美しくなど…げほっ」

「此方をどうぞ」

「も、申し訳ない…」


陳宮は郭淮に水の入った器を手渡すと満足気に頷いた。水を程ほどに飲んだ郭淮は器を陳宮に渡すと小さく溜息を吐く。慣れない事をしているせいか、酷く疲れている様子だ。
器を置いた陳宮は慌てて郭淮に駆け寄り、頬を一撫ですると抱き寄せた。さらりとした黒髪を撫でて、陳宮は恍惚の表情を浮かべる。


「……ふふ」

「…?」

「貴方は、本当に美しい」

「う…先程も言った通り、私は美しくなど」

「いいえ、いいえ!貴方はとても美しく、妖しいのです」


ですから、と言葉は続く。郭淮の目元を覆い隠す黒い布を指先でなぞりながらぽつりぽつりと陳宮は呟いた。


「貴方のこの目隠しは」

「…、……」

「決して取ってはなりませぬ」

「……」

「貴方の目を見ていると、私は私と言う存在を見失いそうになる」


静かな部屋に独白は続く。


「目だけでは無く、貴方を見ているとそれだけで、それだけで私は苦しくなる」

「ですが、私はそれでも…貴方が愛おしい」

「この身がどうなろうとも、貴方だけは、貴方だけはずっと私のものですぞ」

「無論、今はもう此処には無い…抉り取ってしまったあの美しい目も」


にこり、と心底嬉しそうな笑みを目隠しで見えない郭淮に向ける。また頬を一撫でした後、顎を掬い上げて無防備な唇に触れるだけの口付けを落とした。


「っ、…!」

「郭淮殿、貴方は私の前では凶器足り得る存在であり」

「ち、陳宮殿、い、今…!」

「同時に、私は貴方の凶器足り得る存在なのです」

「っ、げほっげほっ…ごふっ…」

「おやおや、あまり興奮なさるとお身体に障りますぞ」


陳宮は、突然の出来事に大きく咳込む郭淮の背中を落ち着かせようと叩き撫でる。少しして咳の治まった郭淮は見えない目を陳宮へと向けた。


「…陳宮殿」

「何ですかな?」


手探りで陳宮の片手を掴むと立ち上がって幾分か小さい身体を郭淮は抱き締めた。


「私も、貴方を愛して、おります」

「…っか、郭淮殿…それは、それは!」

「大方今の状況は予想しております…、続きを、致しましょう」







目隠しで結婚

(私はとても、とても幸せですぞ)


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