「ヴァニラ、みーつけた」
柱の影にたくましい男の両足だけがあった。常人にはバラバラにされた人体の一部が立て掛けてあるようにしか見えないだろうその状況を異様とも思わないような、純粋な喜びを少女は表した。
細い肩にかかる金髪は彼女が飛び跳ねる度に光を受けて揺れた。
少女は男の上半身をこの世界から一時的に"消し去っている"モノが見えていた。
ぐちゃぐちゃになったそれは元の形に戻りながらゆっくり上昇していく。
塊と男の足を合わせても少女の身長くらいの高さだったそれは何もなかった空間に男の上半身を吐き出した。
「また見つかってしまいました」
筋骨隆々の巨体の男は髪をかきあげながら言う。
少女は口に両手を当てて子供らしくくすくすと笑った。
普通の大人ならにやけてしまいそうなものだが、このヴァニラアイスは始終無表情のままだ。
「向こうからクリームがはみ出てるの見えてたよ。足を隠してクリーム隠さずだね?ふふ」
「それはそれは」
「でも、ヴァニラはすごい手品を簡単に使うよね?いいなぁ、私もやってみたい!」
「………」
ヴァニラは無言で少女を見下ろす。眉毛をハの字にして金色の瞳をうるわせて「できないのかな?」と首をかしげる。
「……できないわけではありません。お嬢様には素質があります」
「本当に!?やったー!」
「ただすぐにできるようにはなりません。コツがあります。常に一定のイメージを持ち続けいつでも能力を引き出せるようにしなければなりません」
「難しいね」
「……例えば目の前に見えない水面があると想像するのです。この水に腕をゆっくりと浸すのです。水面から先は屈折します。水面から先は別の世界なのです」
男が腕を前に出すと肘から手のひらまでがじわりじわりと消え去っていった。常人にはそのように見えるだろうが…
「クリームがヴァニラの腕を食べてるだけじゃあないの?」
「…………」
少女にはその異形なものが見えるため、どうあがいても「水面に手を浸している」風には見えなかった。
「私の場合はスタンドの口が境目ですが、お嬢様は違います。この例えはお嬢様に合わせたものです」
「ふーん」
少女は例えを理解できなかったのだろう、手を正面でブラブラさせて遊び始めた。
ヴァニラアイスの主は少女の前では虚弱な父親を演じているため、間違っても"食事中"に部屋へいれることはできない。
こういう子守りは普通執事や侍女のやることだが、皆出払っている時はこうして手の空いている戦闘員であるヴァニラが少女の相手役に駆り出されていたのだった。
子供の相手はどうにも慣れない。彼は既に忠誠と言う感情以外は捨てたも同然だった。眉間に手を当てため息をつくと、背後から「ヴァニラ、こっちむいて」という少女の声。
振り返りながら「なんでしょうか」といいかけたとき、彼の頬を小さな指が突き刺した。
顔の横に、薄い光の輪が浮かんでおりその真ん中からよく知っている小さな腕だけがつき出して、その指で頬をつついていた。
指を一旦避けて振り向くと正面の輪に腕を突っ込んでいる少女がいた。
「わー!できた!」
輪の少女の反対側は腕がブッツリととぎれていた。その肘から向こうはヴァニラの顔の横にあった。
ヴァニラの瞳孔がきゅっとしぼむ。
「ヴァニラ?怒ってる?ごめんね」
「…怒っていません。少し驚きました。さすがお嬢様ですね、これを見れば父上もきっと喜びますよ」
「本当に!?」
「はい」
少女は嬉しそうに飛び跳ねる。が、その光景はあまりにも異常だった。
少女が着地しそうになると床に光の輪が広がり、ズブズブとからだ全体が沈んでいった。かと思えば全く見当違いの何もない空間から現れ落ちていく。この高さから落ちると危険だ。受け止めようと腕を伸ばすと少女は空中で消え去ってしまった。
「……見失った……!!」
主からの命は娘を見ておけというものだった。目を離ししかも逃がしたとなればこれはかなりの落ち度だ。万が一食事中の主とはちあわせたらと思うとゾッとする。
「探さねば…」
移動するためクリームを発動したところ、両肩にトンと何かが乗った。
「えへへ、肩車。たかぁ〜いね!」
「……お嬢様、消える時は言ってください。心配しました」
「ごめんなさい、ヴァニラを驚かせようと思って」
「……」
肩に乗った少女をやはり無表情のままヒョイとおろし、片手で抱く。顔を見るとまだあどけない瞳がきょろきょろと彼の顔をのぞいた。
「お嬢様が驚かせようと思ってその能力を使ったのであれば…お嬢様の企んだ以上に私はとても驚きました」
「やったぁ!でも、ヴァニラぜんぜん驚いた風には見えなかったけど?」
「………恥ずかしいので顔に出すのは我慢しました」
「ヴァニラって可愛いところもあるんだね」
この出来事から、ヴァニラが少女面倒を見る機会が増えた。二人の能力の性質がよく似ていたため、少女の父親が少女の能力を開花させようとヴァニラを教師としてあてがったのだ。
父親似の彼女は、父親の能力を引き出した魔女も驚くほど早く自身の能力の使い方を学んでいった。
そして彼女が彼女の能力を全て習得したとき、屋敷を出ることになった。