結界を修復して家に戻ると、居間で二人が沈黙していた。っていうかこの重たすぎる空気なんなんだろう。居心地悪過ぎか。

「あ、おかえり透子ちゃん」
にこっと笑って近づいてくる神獣に軽く殺意を覚える。私がいまこんなに疲れきっているのは誰のせいだ、オマエのせいだ。とまあそんな愚痴は心の中にとどめておいて、確認をとる。
「家のことはもう大丈夫ですか?何か分からないことは」
「大丈夫、それはもうキッチリあいつが教えてくれたからね」
ほんとはあいつの世話になんかなりたくないんだけど、と付け加えた白澤さんは、そっぽむいてる鬼灯さんに向かって舌を出した。
「まあお二人がどんな関係なのかは知りませんけど、とりあえず家壊さないでくれればそれでいいですから…」
 白澤さんが大丈夫、と笑うが問題はむしろ今だにそっぽむいたままの鬼神様である。あの人の怪力が一番怖い。


 食卓に戻ると、食べかけだった朝食は片付けられていた。でもお腹すいたんだけど、と台所に入ると鍋に残った味噌汁発見。ご飯はもう炊かないとないのでみそ汁だけあたためなおしていただく。作った当人はテーブルに座ってテレビを眺めている。白澤さんには部屋を与えてそこの片づけを押し付けた。実は手頃な大きさ、というだけの条件なら鬼灯さんの部屋の向かいと隣にもあるのだが、ほぼ倉庫のようになっていて片づけが必要だったのだ。それを言うと、じゃあ片付けるよ、と白澤さんが言ったのでこれ幸いと片づけをおしつけて今にいたる。両人の意見が一致して、隣ではなく向かいになった。要するに、「こいつと隣なんて吐き気がする」ということである。
「鬼灯さんと白澤さんはなんでそんなに仲悪いんです?」
鬼灯さんの向かいに座って尋ねると、鬼灯さんは頬杖をついたままクワッと険しい顔になって舌打ちをした。
「まあ一言でいうと、あいつが大っ嫌いなんです」
そして再び口を閉じてしまう。正直怖いが、だからと言ってこれで会話終了、というのもなんかアレだ。
「なんでそんなに機嫌悪いんですか…」
…よくやった私。よく訊いた。透子、お前は勇者だ。
「……仕事が」
しかし覚悟していたのとは全く反対に、鬼灯さんはむしろ重たいオーラを収めて答えてくれた。まあ何を覚悟していたんだ、と言われると答えられないが。
「仕事がたまってるんです。そもそも現世の視察は休日返上で来てたので、本来今日は地獄で仕事があるんですよ。ただでさえ多いのに、連絡も無しに無断欠勤しては代理も頼めませんから、帰ったらどれだけの仕事が待っているのか想像するだけでも恐ろしい…」
はあ、と適当に頷くと、鬼灯さんは深い深いため息をついた。
「代理って」
気になった単語を問うと、簡単に説明してくれた。出張などがある時は、地獄の十王の、他の補佐官に代理を頼むのだそうだ。…小野篁ってあの小野篁か。地獄すごい。まあでも、明日になっても連絡がつかなければさすがに誰かが代理を手配してくれるでしょう、と鬼灯さんは言った。
 
 なんとなく鬼灯さんに地獄のあれやこれやを説明してもらいながら味噌汁の椀を片付けたところで、二階からものすごい音が聞こえた。ああ、これは多分、本棚が一つイったな、と推測しながら階段を上って白澤さんの部屋(仮)をのぞくと、はたして神獣が倒れた本棚の下敷きになっていた。中身がめいっぱい詰まったままの本棚の重量は相当だったのだろう、自身の重みにたえられずに真ん中で本棚は裂けている。
「うわ……大丈夫ですか白澤さん」
とりあえず安否を確認すると、意外にもしっかりした声で返答がきた。
「うん、体は大丈夫なんだけどこれ抜けられない。どうしよう」
知らねえよ自分でなんとかしろ、と言いそうになったがこらえる。一応お客さん、一応神獣。
 ついてきたのか、鬼灯さんが後ろに立っていた。この怪力男に頼むか、式神を使うかで一瞬迷ったが、鬼灯さんに頼んだら頼んだでまた二人とも煩いのだろうし、わざわざ面倒くさい方を選ぶのも気がひけたのでおとなしく式神を使う。
 ソウコ、字面は蒼湖。とてつもなく水っぽい名前の、実際五行のうち水の属性である式神を呼ぶ。大男のなりをした式神はたやすく本棚を持ち上げた。白澤さんが無事に出てきたのを見届けて蒼湖を戻すと、やっぱり陰陽師ってすごいね、と白澤さんが感心したように言った。
「この本棚も中身ほぼそれ系でしょ。蔵書量もすごいけど、これもしかして代々伝わってる感じなの」
代々、といえばそうかもしれない。正確には分からないが、祖父の持ち込んだものだからきっとそうなのだろう。
「…多分」
へえ、やっぱりすごいね、と知識の神が言う。多分アナタの知識量のほうがすごい。それより本棚あまってるのもう無いんだけど。買わないと。
「鬼灯さん」
「はい」
「買い物付き合ってくださいますか」
部屋の惨状と白澤さんを眺めながら声をかけると、背後に立っている鬼灯さんは無感情にいいですよ、と応じてくれた。白澤さんが、なんでソイツなんだよ、とかなんとか言っていたがもちろん黙らせた。アンタは片づけしてろ。


 ホームセンターまで徒歩。帰りは荷物もあることだからタクシーでもつかまえようかと思っている。組み立て式の本棚を買って、ついでに白澤さんの使う物を少し買い足すために、近くのスーパーに向かっている途中だ。もちろん白澤さんは留守番、部屋を片付けるのは自分の部屋の確保のためでもあるからしかたがない。ついでに言っておくと、決して白澤さんに恨みがあるわけでも邪険にあつかっているわけでもないが、なんというか。
「神々しさがないんだよなぁ」
「……あの偶蹄類のことですか」
「うわっ口に出てましたか」
鬼灯さんに反応されてびびる。
「いや、だってなんか、私のイメージしてた白澤像から、話せば話すほどかけはなれていくんですもん」
私の中の白澤像が多少美化され過ぎていた、というのは認めよう。認めても、それを差し引いてもなんか、あれはなんというか。
「すっとぼけている、っていうか。神獣っていったらすごい強くて、気高いものだと思ってたんです。それがどうも、霊力は巨大だけど力があるわけではなさそうですし」
親しみやすい。
…そうか、これだ。親しみやすい、というのに違和感を覚えていたのかもしれない。黙って聞いていた鬼灯さんが、ちょっと考えた様子で言う。
「あれも多少神っぽいことはできます。でもおそらくセンスが無いんでしょう。力の持ち腐れというやつなんだと思いますが」
つまり霊力はあっても技がないとうことだろうか、とつい自分の領域に置き換えて考える。霊力があっても、式神も上手く使えず、簡単な術式もあまり成功しない陰陽師はいる。そういう人に足りないのはセンスだ、と祖父は言っていた。
 っていうか、
「神っぽいことって何なんですか」
ちょっと笑いながら言うと、鬼灯さんは一瞬目を閉じた。
「…紙に描いた絵を動かすことができます。まあやつの描く絵は呪われているとしか思えないので、見たいとは思わない方が良いですよ」
呪われた絵とやらがとてつもなく気になる。言われると逆に見たくなる、というと鬼灯さんは、別に強く止めはしませんが、と答えた。帰ったら見せてもらおう。


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