朝だ。
 いや、すがすがしい朝だ。非常に。
 と、疲れきった私は思いました。

就寝したのが11時過ぎ、そして私は傍から見れば何をトチ狂ったのかと思われるだろうが午前3時に起床した。ズバリ大掃除のためである。
 滅多に着ない、浄衣という陰陽師の正装に着替えて、私は鬼灯さんをおこさないようにそっと部屋を抜け出した。
 家の外に出て、式神を呼び出す。大きな狼の式神、名前は白良と書いてハクラ。頼むよと声をかけてその背に乗せてもらい、広大な敷地の端から端まで移動して、術式に使う護符を要所要所に貼ってまわる。そのトンデモ作業に二時間以上、敷地広すぎかよ。やっと敷地の真ん中に戻った私はありがたい日の出を拝みながら、持てる力をとりあえず全部出して、結界の中に閉じ込めた妖魔たちを葬り去った。
 そして、冒頭の感想にいたる。

「正直鬼灯さんまで滅さないようにするのに一番気を使いました。超疲れた精神的に」
「お疲れ様です」
浄衣のまま家に上がると、鬼灯さんは起きていて、勝手に朝ごはんを作ってくれていた。確かに昨日の夜に、家のものは自由に使って下さいと言った覚えがある。
「いつも和服ではないんですね」
イメージ的に常時和服かと、と台所から呟いた鬼灯さんに言う。
「いやー現代の生活になれると和服面倒くさくて。こういう時に浄衣着る以外はそもそも和服あんまり持ってませんね」
せいぜい10枚ぐらい、と数え上げると、それは十分多いですよとつっこまれた。
浄衣を着っぱなしで畳の上に転がって朝食を待っていると、私を視界の端にとらえた鬼灯さんが「はしたない」とお母さんみたいなことを言う。敬意を表してこれからオカンと呼んでやっぱなんでもないです。
 食卓に並べられる純和風の朝食にちょっとだけ感動する。面倒くさいからとパンで済ませてしまうことが多いので、ふわりと湯気を立てているお味噌汁とか、ほかほかの白米(ただしレンジでチン)とか、焼きたての魚とか、見るのはいつぶりかも分からない。
 いただきます、と手を合わせてお味噌汁に口をつける。…ってなんだこの美味しさは。ナンナンダコレハ?!
「鬼灯さん料理上手ですね…すごい…」
「いえ、そんなでもないですよ」
「謙遜しなくて良いんですよこれ料亭で出せますって」
ありがとうございます、と鬼灯さんは首をかしげ、
「いつも亡者を料理してるからでしょうか」
と。ちょっとまって一気に食欲が失せた。は、はあ、と適当に相槌を打って、魚をつつく。くそ、でもやっぱり美味しいものは美味しい。そして味噌汁の椀を置いた次の瞬間、私は硬直した。
「…どうしました?」
鬼灯さんが訊いてくるが、答える余裕がない。…どうして、結界が割れた。あの結界は外から干渉を受けるものではない。何故、割れた。…そして、一拍遅れてあたり一帯が巨大な霊気の渦に飲み込まれたのを感じた。
「透子さん」
鬼灯さんは気づいただろうか。この巨大な霊気は、鬼には毒かもしれない。
「透子さん」
鬼灯さんが立ちあがる。私はそれを横目に、行儀など知った事かと部屋から駆けだした。
走りながら、白良を呼ぶ。並走する大きな狼にまたがって、上空へ跳ねる。結界を外から割るほどの強大な霊気、その渦に飲み込まれてしまって、正確な出所が分からない。
精神を研ぎ澄まして、より濃い霊気の溜まっている場所を探す。…あっちだ。
 裏山に向かう途中、突如霊気が集束した。何が起こったのか分からないが、かなり分かりやすくなったその気配を目指す。
 そこで私が目にしたのは、一言で言うと変人だった。美形の、変人。
なにしろ格好が給食当番なのだ。葉っぱと土にまみれているが、白衣のようにも見える割烹着を着ている。そして、
「うわああああああ!!!!!」
無言であらわれた鬼灯さんがその白い人をぶっとばした。情けない悲鳴をあげて吹っ飛んだその人は数メートル宙を舞って木の枝に引っかかる。っていうか鬼灯さんどうやってここまで来たの。そんでもって全く霊気にアテられた様子もない。最強か。呆気にとられていると、鬼灯さんがパンパンと手を叩いて私を振り向いた。
「…とりあえず家に戻りましょうか」
「……はい」

「は、くたく、?はくたく?はくたくってあの、白澤?中国神獣白澤?は?」
給食当番(仮)の自己紹介である。まあそれならさっきの霊気も納得できるけど。けど。
「ところで君、陰陽師なの?可愛いね、浄衣似合ってるよ」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべて私の手をとってくる給食当番(仮)、もとい神獣白澤(仮)は、鬼灯さんにまたぶっとばされた。
「なんだろう…私の思ってる白澤と違う……」
畳にひじをつけて頭をかかえる。なんだろう、神獣ってもっとこう、気高くて気位も高いもんだと思ってた。
普通な顔で復活してきた白澤さんに、鬼灯さんは恐ろしい顔で問いかけた。というか尋問した。
「あなた、どうやってここに来たんです?場合によっては干す」
わあ、力関係どうなってるんだろう。っていうか鬼神と神獣が知りあいってなんなんだろう。あと干すってなに。
「やだなあ、そう怖い顔しないでくれない。店で女の子と話してて、気付いたら落ちてたんだよね」
なんでだろう?と首をかしげる白澤さん。鬼灯さんは完全に軽蔑しきった顔でこの偶蹄類が、と吐き捨てた。ところでお訊きしたいんですが店ってなんですか。
「僕を分類するな。そういうお前はどうなんだよ?なんでこんなところに」
「突然地獄に帰れなくなりました。携帯もつながらなくて、白豚さんが来た方法によってはもしかしたら帰れるかもしれない、と思いましたがどうもあてにならないようですね」
「え、ちょっとまって?てことは僕も帰れないかもしれないってこと?」
「そうなりますね」
うわあ、と天をあおぐ白澤さん。話を聞けば聞くほどこの神獣に対する尊敬の念が消えて行くのはどういうわけか。とりあえず女好きらしいという情報は手に入った。
 察するに、これはまたこの流れだ。
「じゃあ白澤さんも帰れるまでここに住みますか」
「え、いいの?謝謝、ありがとね」
うわー軽、かっる!!鬼灯さんと正反対の軽さ。もう少し鬼灯さんの礼儀を見習え、少しぐらい躊躇しろ!!
「透子さん。こんな奴と暮らしてたら襲われますよ、さっさと追いだした方が身のためです」
「人をケダモノ扱いするな!」
「違うんですか」
…はあ、どうも二人は仲が悪いようだ。困った。
「…とりあえず私、結界張り直してくるのでその間に鬼灯さん、白澤さんに色々説明しておいてもらえますか」
「分かりました」
くれぐれも家は壊さないように、と念をおして(なにしろ鬼灯さんはすぐ白澤さんを投げる)、だしっぱなしの白良に乗って敷地をくまなく回る作業にはいった。本日二回目、疲労はピーク、某バスケ漫画ではないが、限界などとうに超えている状態。神獣白澤、あとで覚えてろ。



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