ぱっと見日本屋敷な我が家だが、内装まで純和風というわけではない。基本畳敷きの引き戸、という仕様のは変わらないが、障子になっている外側に窓ガラス、雨戸もついている。
 
 鬼灯さんの荷物はひとまず居間に置いておいて貰って、キッチン、洗面所、風呂場、トイレなど日常生活に必要な場所を案内して回った。使用方法はばっちりなようで安心する。さすがに大の大人しかも男性にトイレの使い方とか説明するのは精神的にアレだ。アレっていうのはまあ、お察し下さい。
「今は地獄もみんなこんな感じですからね」
「…ずいぶんハイテクなんですね地獄って…」
 しれっと言う鬼灯さんに、何度も心の中で思っていたことを再び口に出す。
私の中の「あの世」観はこの一時間でがらりと変わってしまった。今までは、どちらかというと某死神漫画のような世界を思い描いていたのだ。ソ○ルソサエティー的な。

 家を一回りして居間に戻り、次に鬼灯さんの部屋を決める。決める、とは言っても個人の部屋に出来るようなお手頃な大きさの部屋が、私の自室の隣と、渡り廊下をわたった離れにしかないので自動的に前者になる。鬼灯さんは「女性の隣室は」とかなんとか遠慮しまくっていたが、離れに住まれると電気代がかさむ、という言い分で押し切った。必殺☆経済的理由、である。
 一通りの説明事項をクリアして居間に戻る。時計を見ると午後六時、夕食時というやつ。そういえば多少お腹もすいている…わけではないが、それは起きたのが午後で、昼ごはんを食べたのが2時ぐらいだからだろう。不健康極まりないが、休日はみんなそんなものだ…と信じたい。テレビをつけると民放がちょうどよくニュースをやっていたので固定した。
「鬼灯さん食べ物に好みはありますか」
居間とつながっているキッチンに向かいつつ問いかけると、キャスケットを取った一本角がこちらを向いた。
「いえ、基本なんでも食べますよ」
というか手伝います、そう言って近づいてきた鬼神は訊いてみると身長185cm、くそう背がお高くていらっしゃる。
「透子さんは自炊するんですね、一人暮らしの若い女性にしては珍しいでしょうに」
「いや、自炊してる人はしてるんじゃないですかね。健康面でも経済面でもいいことだらけですから」
まあ個人的見解ですが、とことわっておく。鬼灯さんはほお、と相槌らしきものを打って一人納得した。
 昨日買い物をしたばかりなので冷蔵庫の中身はまだ満杯に近い。適当に豚肉とキャベツと人参を取り出すと、鬼灯さんは手慣れた様子で野菜を刻み始めた。
フライパンを引っ張りだして、コンロに置きつつ冷凍の肉をレンジで解凍。表示された3分の文字に溜息がでる。解凍しておけばよかった。
「そういえば鬼灯さんは…第一補佐官、とかでしたっけ」
「はい」
「どんな仕事なんです?」
訊くと、鬼灯さんは規則正しく野菜を刻みながらちょっと迷うようにして口を開いた。
「色々ですね、一言では言いきれませんが…」
「あ、いいですいいです、別にそこまで興味があるわけじゃないんで」
そんなに難しく考えて説明されても、へえ…で終わってしまう。ので、そう遮ると鬼神はなら訊くなとつぶやいた。ちょっまっ敬語はどこへ消えた。
「なら訊きますが透子さんは?何か定職に?」
おっとここで痛い質問。
「あー…いや定職に就いてるように見えます?さっき言ったようにお金は腐るほどあるので、働いてません。それに決まった時間に毎日出勤できる環境じゃないので」
働かざる者食うべからず、というフレーズは耳に痛いが、けれど「働いていない」というわけではない。
「ざっと力がおよぶかぎりの範囲で異常がないか監視したり、住民に頼まれて除霊みたいなことをしに行くこともあります。あとは護符を売ったりして小遣いをかせいでるって感じですね」
「要するに陰陽師の仕事というわけですか」
「そういうことです」
話が早くて助かる。定職に就いていない、と言った瞬間鬼灯さんの気圧がさっと下がったので肝を冷やしたが、すぐに元に戻った。正直鬼神の低気圧は心臓に良くない。威圧感というか、とりあえず死ぬほど怖い。
 ちょうどそこで肉が解凍できたので、フライパンを熱して肉と野菜を手早くいためる。味付けは魔法の調味料、焼き肉のたれ。簡単なのでつい頼ってしまう。冷凍庫からパックしたご飯を出してもらって、これも解凍。超絶簡単な夕飯の出来上がりだ。
 久しぶりにいただきます、と手を合わせる。一人でご飯を作るとどうしても洗い物が面倒くさくてワンプレートにご飯とおかずを盛りあわせて、ということが多いのだが、今回はちゃんとお皿を分けた。
「そういえば」
ニュースを聞くともなしに聞きながら食べていると、鬼灯さんが口をひらいた。
「この家、変な結界張ってますよね。入った時からものすごい気配を感じてましたけど」
「ああ、」
鬼灯さんの言っているのは“内向きの”結界のことだ。変な、とはたいそうな物言いだが、
「悪霊や妖魔を閉じ込めて外に出さないための結界です。入ってくるのにはさほど抵抗ないので、割とほいほいみんな入ってきて、出て行けなくなるのでそりゃ気配は多いでしょうね」
「なるほど。でも何故?」
「いや…意外とこの辺りってそういうモノが多くて。見かけるたびに滅したり封じたりしてるとあっという間に護符が無くなりますし式紙も消耗するので、ならゴキブリホイホイ作戦でいこう、と思いついたんですよ。わざとおびきよせて閉じ込めてます」
おびきよせる、というのはちょっと隙を見せて相手に尾行させる、ということだがそれを言ったらあまり良い反応はされない気がしたので伏せた。
「なるほど。ではホイホイした後のゴキブリはどうするんですか、閉じ込めたまま生かしておいても仕方が無いでしょうに」
それに危険だ、と付け加える鬼灯さん。いや、まあそこは陰陽師の意地ってやつで、さすがに閉じ込めた相手に襲われるようなヘマはしませんって。
「月に一回ぐらいのペースで大掃除してますから。今はちょうど寸前なので一番気配があふれてますけど」
大掃除ね、と納得した様子で頷いた鬼灯さん。ところでさっきから思ってたんだけど鬼灯さん食べるの速い。というかもう食べ終わってる。一方の私はまだ半分も食べていない。ナニコレ?しかも会話もなくガン見してくるもんだから居心地が悪い。そこは気づかえ、気づかってニュースでもなんでもいいから他のところを見てくれ!!嫌がらせか、嫌がらせなのか?!
 テーブルマナーを突っ込まれないように細心の注意を払って完食したころには私は(精神的に)疲れ切っていた。しかもごちそうさま、と手を合わせた後の鬼灯さんの最初のセリフが「透子さんはお箸の持ち方ちゃんとしてるんですね」なのだ。え、怖いんですけど。真顔で言われると何か裏を感じざるをえないんですけど。

 洗い物をして、風呂を沸かしたところで再びもめた。ズバリ風呂の順番である。客である鬼灯さんが先に入るべき、という私と、家主である私が先に入るべき、という鬼灯さんが互いの主張を互いに譲らなかったためだ。最終的にジャンケンになって、私が勝った。ので、不本意ながら私が先に入ることになった。
 髪を乾かしながら鬼灯さんがお風呂からあがるのを待って、部屋に来客用の布団を運んだ。おやすみなさい、と挨拶をして隣の自室に戻って、敷きっぱなしだった布団にもぐりこむ。疲れた。
 …隣の部屋からする物音が、何故か心地よい。誰かの生活音を聞きながら眠るのがこんなに安心するものだっただろうか、とちらりと頭の片隅で思ったのを最後に、私は深い眠りに吸いこまれた。
 


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