徒歩で30分ほどかかる、とその鬼神に告げると彼は無言で頷いた。街のはずれの住宅街、私の家はさらにそのはずれに位置している。

歩き出しながら、先ほどの強引な押し問答を思い出して謝る。
「無理言ってすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。お世話になります」
鬼神は礼儀正しく一礼する。そして無表情のまま続けた。
「帰れる見込みが今のところ全くないので、しばらくご厄介になると思うのですが」
地獄に帰るのに、ということだろう。全く問題ない、と返すと、ありがとうございますと丁寧に挨拶されてこちらがびびる。
 
先ほどから表情に一片の変化も見られないのが唯一おそろしいが、態度は総じて丁寧で落ち着いているし、礼儀正しい。慇懃無礼、というわけでもない…と思う。言いきるのはまだ出会って十数分では難しいところだ。ついでにこちらが敬語で話しているのはただ単にタメだと不躾かな、と思っただけである。
 話しかけようとして、そういえばまだ名前を聞いていないことを思い出す。自己紹介とまではいかなくても名前ぐらいは把握しておくべきだろう。
「私、天龍院 透子と申します。お好きに呼んでください」
半歩後ろを歩く鬼神に向かって言う。
「…では、透子さんと。私は鬼灯と申します」
「鬼灯さん」
「はい」
中国っぽい名前だなあ、と小学生なみの感想をいだく。
鬼灯さんの顔立ちはアジア系、切れ長の目は中国と言われれば納得はできるが、地獄から来たということはやっぱり日本人、というか日本の鬼なのだろうか。あ、でも今話してるの日本語だし発音も純日本風だからやっぱり日本かな。
ぐだぐだと思いを馳せていると鬼灯さんが訊いてきた。
「透子さんは陰陽師なんですか」
「そうです」
まあばれるよね。出会いがしらから護符使ってたしそりゃあね。
「それもかなり力のある?」
「やめてーそういう超間接的な褒めことばのような台詞を聞くと天狗になるー」
とか言いつつしょっぱなから自分の事かなり優秀な陰陽師とか言ってるあたり救いようがない。
「そうですか。…いまどき陰陽師とは珍しいですね」
さっきの発言を割と綺麗にスルーされたが、…お前もか。
「いまどきとか言わないでくださいよ…まだ続いてる家系は結構みんな陰陽師やってるんですよ。安倍の直系はもういないみたいですけど」
安倍、というのはかの有名な安倍晴明のことだ。確か数代前にとぎれてしまったとかいう噂を聞く。でも確かにみんな京都付近に集まってるから私のように関東に出てきてるのは珍しいかもしれない。
「なるほど。たまに現世に視察に来るのですが、今のところ出会った本物の陰陽師は蓮さん一人ですね」
「本物って…」
「いるんですよね、エセ陰陽師。あれは本当に厄介です」
「それ分かります。何の力も持たないんだったらまだマシなんですけど、下手に術式かじって変なもの召喚されるのが一番困るんですよね」
「そういうもんですか」
「そういうもんです」
…意外だ。無口だと思っていたら結構話す。職業柄(?)だろうかそっち系の知識もありそうなので会話がぽんぽんと進む。それが案外面白かったりする。
「視察ですか…もしかして鬼灯さんって結構えらかったりするんです?」
「一応、閻魔大王の第一補佐官ですが…まあ官房長官みたいなもんです、地味地味」
ひょいひょいと手を振るジェスチャーに無性に腹が立った。うわ、要するに地獄のナンバー2ってことじゃん。官房長官で地味とか、お前はいったいどこを目指してるんだ。…閻魔大王超逃げて。
「あー、ってことは鬼灯様とか呼んだ方が良い感じですかね?」
私も死んだらそっちにお世話になるんですし、と付け加えると、鬼灯さんはどちらでもいいですよ、とお答えになりやがりました。腹立つからさんのままにしておく。

「そういえば」
「はい」
会話が途切れてしばらく無言で歩いていると、鬼灯さんが思い出したように話しかけてきた。
「透子さん、何か用事があったんじゃないんですか。このまま帰っても大丈夫なんですか」
うわ、この人すごい気がまわる。普通、帰れないなんていう非常事態が発生したら自分の事で頭がいっぱいで、相手の都合になんて思い至らないだろうに。内心感心しながら答えた。
「いや、郵便局に用があって来たんですけどよく考えたら今日日曜日じゃないですか、ちょうど帰るところだったんですよ」
「……ならいいですが」
今の空白はなんだろう、こいつ馬鹿だとか思われてる可能性が無いどころかかなりあるんですけれども。違うんだ私は悪くない、日曜日にやってない郵便局が悪い。
 

 
 そんなこんなで30分、人と話しながら歩くのは案外苦にならないものだ。我が家に到着である。
「ここです。あ、門くぐるときにちょーっと痛いかもしれませんがお気になさらず」
 家の周りには結界が張ってある。人外が通ろうとすれば多少痛いはずだ。とはいえ外向き…つまりなにかを弾くための結界ではなく、内向き…閉じ込めるための結界なので、入ってくる人外に害をなすレベルではない。
 なんら苦もなく門をくぐってきた鬼灯さんは入ってくると驚いたように立ち止った。
「…広いですね」
和風木造住宅。現代風に色々と工夫はされているが、外観はほぼ昔の日本屋敷そのものだ。ついでに敷地はもっと広くて、中に小さな山やら神社やらがあるから全部ふくめると相当な広さだ。
「ここに、一人で?」
「はい。もともと祖父が建てた家なんですけど、結局みんな京都の本家に住んでるので関東に出てきた私が一人で住んでます」
 住宅街は目と鼻の先、というかすぐ隣。たまーに近所のちびっこたちが敷地に侵入してきて山とか神社とかで探険したがるので、そういうときは式神を使って穏便にご退去いただいている。要するにおどかしている。
 
 とりあえず家に上がってもらって、鬼灯さんの持っている荷物を確かめさせてもらった。
…すごい、完全に旅行セットだ。むしろ生活するのに何か買う必要があるのなら、何が足りないのか私の頭では思い至らなかったので素直に訊く。
「生活するのに買い足したほうが良いものあります?」
鬼灯さんは一瞬考えて、口を開いた。
「あえて言うなら食器…でしょうか。着替えは洗濯すれば間に合うくらいありますしね」
それにあまり透子さんに負担をかけるわけには…と口ごもって、はっとしたように私の顔を見た。
「透子さん、金銭状況は?私は人並みには食べますけど、お金大丈夫なんですか?」
わお、すごい現実的な事言い始めた。ところがその心配はない。
「オールオッケーです、実家から腐るほど仕送りが来ますし、貯金も腐るほどあるので金には困ってません」
ついでに言うと来客用の布団とかもありますし食器も予備がありますので、出費ゼロですね。そこまで補足して、鬼灯さんはようやく一息ついた。

 さて、今日は忙しくなるだろう。あれやこれやの説明が必要だ。これまでの会話から察するに、私の先入観をICBM突っ込む勢いでぶちこわすレベルで、鬼灯さんは現世の俗を理解しすぎている。その分カルチャーショック的なものはほぼないだろうが、…さて、どこからいきましょうか。


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