そんな経緯で放置された私は、まず何よりも先に、部屋を片付ける人員補給のために、人型の式神の修理を優先することにした。倉庫だったこの部屋には、なんだかんだと便利な道具が色々とそろっていて、修復に必要なものはすべて手に入る。床に座り込んで、式神札の残骸を丁寧により分け、白澤さんに部屋を差し上げるときにも大活躍だった式神・蒼湖の札をまとめて手にとった。金属の皿みたいな物体を(たぶん植木鉢の下とかに敷くやつだとは思うが、用途は不明)置いて、その上に札をのせ、マッチで火をつけて灰にする。その灰を墨汁に混ぜて、用意した適当な紙切れに、蒼湖の名を、呪言や飾り紋様と共に書き写し、息を吹き込む。
「よし。……出なさい、蒼湖」
 パンとひとつ手を叩いて、命じる。上手くいっていれば、記憶も人格も引き継いだ式神が現れるはずだ。そして、私がヘマをするはずはない。我ながら、式神作成には自信があるのだ。
 とか言って、失敗していたら洒落にならなかったが、どうやら無駄な自信は無駄ではなかったようだ。すっと空気が揺らいで、目の前に大男のなりをした式神が現れた。その凪いだ目に、いつもと同じ光を見つけて、私は大きくため息をついた。
「よかった、成功。それじゃあ蒼湖、悪いんだけど部屋の片づけをお願いするよ。私はこっちで指示だしつつ他の式神の修復。頼むね」
 いくつかある本棚を壁際にのけて、本棚の空いているスペースに、部屋に散らかっているものを詰めていく。途中で修復が完了した翠湖をちょっと鬼灯さんとこまで色々訊きにいかせたりなんかもして、要らないものは細かく破壊してゴミ袋に詰めていく。私じゃなくて蒼湖がね。未開封の組み立て式の棚がいくつか見つかって、それは許可をとって私物にさせてもらう。これで服やら何やらをしまうこともできる。
途中で昨日鬼灯さんが手配していた机とベッドが届き、そのころには部屋の掃除もあらかた済んでいたので、それらをセットすると、その倉庫はなかなか普通の部屋らしくなった。片付けはしたがちょっと物の多すぎる、窓のない普通の部屋。矛盾だらけだが気にしてはいけない。
「よし。あとは細かい部分の掃除と整理だけか。二人とも、ありがとね」
 蒼湖と翠湖の兄妹は、一瞬顔を見合わせてから、ひらりと二枚の紙切れに戻った。それらを懐に仕舞い、私はベットに大の字に転がった。
「あー疲れた。ってまあ私は力仕事何もしてないけども」
 何が疲れるって、式神に息を吹き込む作業だ。霊力のコントロールに細心の注意がいるし、なにより消費も激しい。
「お腹すいたなあ」
 壁掛け時計を買わないと。腕時計で時間を確認して、私はベッドのはしに腰かけた。とっくに昼を過ぎて、もう午後4時になりかけている。お腹がすいているのは消耗したからだけではなく、普通に当たり前だった。むしろなぜ気づかない、時間感覚はどうした。まあ、ここ窓ないししょうがないと言えばしょうがないけど。
「部屋の装備整えに買い物行くかあ。ついでにどっかでご飯食べよう」
 お金はお香さんから昨日の残りをもらっている。そうと決まればお出かけだ。私はベッドから弾みをつけて立ち上がる。
「よし、行くか」

 そういえば、〇と〇尋の神隠しでは、主人公がブタにされたくなければ働けと言われていた。活気にあふれる地獄の街を見て、あの有名な映画の街並みをなんとなく思い出した私は、そんなことを考えていた。千尋の両親がやってしまったのは、黄泉戸喫だ。ヨモツヘグイ、つまり、あの世界の食べ物を食べてしまったために、元の世界に戻れなくなった。一方の千尋は、あの世界のものを食べなかったために、あの世界に長くいれば消えてしまうはずだった。自分の世界のものでないものを、体内に取り込むというのは、そういう意味を帯びている。
「ま、私は黄泉戸喫うんぬんの前にちゃんと死んで正規の手段でこっちに来たわけだから、関係ないんだけど」
 そう、黄泉戸喫はあくまで、正当な手続きを経ずに招かれざる世界へ訪れた際にのみ有効なまじないだ。ちょっと死んだ妻を取り戻しに黄泉に侵入したそこのアナタは、間違っても黄泉戸喫をしてはならない。死んだ妻と一緒に永遠の眠りにつくことになる。
「しっかし、あの世がこんな場所とはねえ。そりゃ地獄ったって鬼サマたちには現世みたいなもんだし、活気にあふれた街があるのは当然なわけだけど」
 どうしてもソウ〇ソサエティーみたいな場所を想像していた私にとっては、やはり地獄と天国が明確に分かれていたり、鬼がいたり亡者がいたりする世界というのは新鮮だ。そりゃソ〇ルソサエティーも、普通の人間のあの世観からしたら普通ではないわけだが。陰陽師という職業柄、嫌でもソレ系の現実を見せつけられていた身としては、あの世ぐらいファンタジーチックでもいいんじゃないかとほんのり夢を見ていたワケだ。
 話を戻そう。なんの話かってそりゃ、私が無職だという話だ。たしかに、鬼灯さんの補佐という辞令はもらっている。だが、それはあくまで枠にすぎない。私が今逮捕されたら、たしかに住所不定無職の亡者ではないのだろう。だが、実質の話だ。実質、無職。
「雑用なんて言ったってなあ」
ほんのわずかな時間、紙をペンで引きちぎりそうな勢いで仕事をしていた鬼灯さんを見ただけでも分かる。あれは、熟練した補佐官でないと手伝えない代物だ。昔、お師匠様こと祖父が、面倒な書類整理をしていた時、横から下手に手伝おうとしたらプチ半殺しになったことがある。曰く、慣れない者が手伝うとその不備を見つけるために結局すべて確認しなければならず、かえって手間が増えるのだとか。そりゃそうだ、私だって式神作成を横から下手に手伝われたらプチ全殺しにする。
 そういうわけで、正直なところ、私には鬼灯さんの補佐という仕事が有名無実の役職にすぎないと思えるわけだ。有名無実なだけならいい、だが、鬼灯さんの補佐ともなるとその名は重過ぎる。そう、つまり。重役のくせに仕事もできないクソ上司、……そういう存在に、私はなりたくないのだ。
「いやまいったね」
「何が?」
「いや、クソ上司の……、はい?」
 しかし、そんな思考は、突然入った相槌によって唐突に終焉を迎えた。
「はぁい、透子ちゃん。元気だった?」
「……白澤さん」
 そう、なぜか地獄の繁華街をうろついていた、神獣によって。

 そして誘拐されてきたのが、この甘味屋である。白玉のぜんざいを頼んで、私はぼんやりと目の前の神獣を見ていた。
「って透子ちゃん、僕の話聞いてる?」
「えっあっはい聞いてません」
「うわ、相変わらず冷たいな透子ちゃんは」
「いや、それほどでも……」
「褒めてないからね?!」
 まったく、あの鬼神みたいになってきたな、なんて、その白いひとは嘆かわしげにつぶやいた。
「で?」
「は?」
「は?じゃないよ、透子ちゃん。なんか悩んでたんでしょ」
「……別に」
「嘘はよくないよ」
 時たま、このお調子者の神獣様はすさまじい圧力を発する。あの時だってそうだった、京都にいたときの……。
「クソ上司がどうかしたって?」
 面倒な記憶をほじくりかえしそうになった思考を、白澤さんの声が引き戻す。どうも、地獄にきてからの私の思考回路は調子が悪い。そりゃ、地獄で絶好調だったらそれはそれでなんか嫌だけども。
「いえ、クソ上司がどうしたって話ではなく、クソ上司になりたくないって話です」
 そうやってかくかくしかじか……とはいえ大した内容ではないが、悩みというか困りごとを白澤さんに説明すると、白澤さんはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ」
 ――何が大丈夫なものか。そう、反駁しようとしたはずだった。けれども。
 なんだか、その笑顔でそう言われてしまうと、不思議と、大丈夫なような気がしてしまった。
 多分、その時の私の表情がよっぽど変だったのだろう、白澤さんはちょっと困った顔になって、それでももう一度、大丈夫、と繰り返した。

 白澤さんと別れて、自室に戻ってきた私は、あの白澤さんの言葉を何度も思い出していた。
「大丈夫、か……」
 自分で言ってみたところで、やっぱりとうてい大丈夫なようには思えなかったけれど、神獣の笑顔を思い出してみると、やっぱりなんだか大丈夫な気がしてくる。たぶんこれはあれだ、白澤さんの神獣パワー、ありていに言えば神気のせいだろう。地獄で思考回路が不調だった私は、うっかりその神気にあてられてしまったというわけだ。なんだかそれは癪に触るような気がしないでもないが、ともあれ結果オーライならそれでよし。
「よし、私は大丈夫!」
 ぱちんと両ほほを叩いて気合を入れて、私は立ち上がる。
 休憩もいれないで仕事をしているはずの鬼灯さんを執務室から引っ張り出して、夕食を食べにいかなくては。



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