目覚め自体はそれなりにすっきりしていたが、目覚めた後に昨日の醜態を思い出した私は起き抜け早々頭を抱えて悶絶することとなった。
「やらかしたなぁ……」
 鬼灯さんの言った通り、疲れていたというのはある。それはある。だが、それにしたってあの態度はない。
「うーん、だけど」
 だけれど、自分でも思い返すと理解できないほどの感情の昂りようだった。さながら一種の精神病のような状態ですらある。
「地獄の空気にやられてるのかな。どっちにしても、鬼灯さんを探さないことには何もできないし」
 幸いなことに、思考の切り替えは私の得意とする作業だ。早々と拝借した鬼灯さんの布団から抜け出して、気持ち程度に乱れた布を整えた私は、簡単に身支度を整えて鬼灯さんの部屋を出た。とにかく鬼灯さんを探して、どうすればいいかを尋ねよう。昨日、式神の修理と部屋の改造に専念していていいと言われたが、一応彼の許可、というか指示は欲しい。なんたって私は、ここではただの不審な亡者なのだ。
 地獄に来た日に閻魔様と謁見した場所と、鬼灯さんの執務室の位置関係は聞いて覚えていたので、私はどうにかその謎に広い部屋にたどり着くことができた。扉は開いていたのでノックの必要はなかったが、その代わり最高に機嫌の悪そうな鬼神様とワンクッションもなしで直接ご対面することになった私の心労たるや、現世で実家に帰った時と似たようなレベルである。
「……おはようございます」
「おはようございます、透子さん」
 鬼灯さんは私に目をとめると、ガリガリと紙を破かんばかりの勢いで動かしていたペンを一度置き、静かに息をついた。
「ちょうどよかった、休憩のタイミングを完全に失っていたところでした。透子さん、よければ朝食に行きましょう」
「あ、はい。お疲れ様です」
 よければ、も何も、こちらの予定は彼次第だ。私は一も二もなくうなずいて、彼の後について食堂に向かった。

 シーラカンス丼は私にはレベルが高い。なるべく無難そうな食事を選んで正解だったが、シーラカンス丼の感想を恐る恐る聞くと、不味くはないとのことなので、今度気が向いたら試してみようとは思う。そんなことはさておき。
「透子さん透子さん、その式神の犬ってどれくらい大きいの?俺の何倍ぐらい?見てみたいなぁ」
「落ち着けってシロ。修理するのに時間かかるって言ってるだろ」
「へえ、お香さんと。いいなあ、俺も行きたかったなあ……」
 絶賛、大人気なワタシである。
「大人気ですね、透子さん」
「いや、どっちかというと物珍しがられているだけというかなんというか……」
 若干声のトーンが愉快そうな鬼灯さんに、困り果てて答えると、私の頭に鎮座ましましたキジのルリオ氏が、そんなことはないとすかさずフォローを入れた。フォローは結構だが、正直鳥でもキジレベルになるとかなり重いのでさっさとどいてくれることを祈っている。
 人の名前が覚えられないことに定評のある私だが、ご飯を食べながら、矢継ぎ早の質問に答えながら、なんとか記憶することができた。えーっとまず小鬼の唐瓜さん、茄子さん、彼らは新人の獄卒。そして、白い犬の彼はシロさん、猿の彼は柿助さん、雉の彼はルリオさん。たったの五名じゃないかと言われそうだが、これでも私にとっては偉業である。どうも彼らは鬼灯さんとは少し近しい関係のようで、正体不明の亡者たる私にも臆することなく声をかけてくれた。お香さんに次いで友達ゲットだ。なんだかんだ言って現世より友達がいるような気がするが、深く考えると現世時代がみじめに思えてくるので、この話はここまでだ。
「式神の白良はあまり積極的に話すほうじゃないですけど、シロさんとはきっと気が合うと思いますよ。もふもふだし」
「やったぁ、楽しみ」
 シロさんはそれこそ典型的な犬で、単純(褒めている)で可愛らしい。彼が嬉しそうに尻尾をふるのを、若干ニヤつきながら眺めていると、あっと唐瓜さんが声を上げた。
「てか俺ら、そろそろ仕事行かないとなんで!ほら行くぞお前ら、透子さん、また今度!」
「ほいよ、仕事頑張ってくださいね」
「またね!」
 唐瓜さんはきっとあれだ、学級委員長タイプだな。みんなを引き連れて去っていく彼を見てひとりで納得していると、鬼灯さんが口を開いた。
「少しは気がまぎれましたか」
「……」
 唐突な言葉に、一瞬目を見開いてしまう。もしやこれは、彼なりの気づかいだったのだろうか。昨日の私の暴挙を、あくまで私が地獄に慣れていないからだととっての、その言葉だろう。
「はい。あの、すみませんでした昨日は」
 言いかけると、鬼灯さんは食器を持って立ち上がる。
「そのことは大丈夫ですから、忘れなさい。それより今後の予定でしょう、透子さん。それを聞きに来たんじゃありませんか」
「あ、そうです。勝手に動いたらまずいと思って」
「ええ。その判断は素晴らしいですね」
 鬼灯さんのあとを追って、食器を片づけて食堂を出る。
「昨日言ったとおり、しばらく……そうですね、今日含めて三日は、透子さんの保養も含めて自由にしてくれて構いません。その間に式神を修理するもよし、部屋を好きに改造するもよしです。それと」
 鬼灯さんはそこで少し間を置いた。苦い顔になって、続ける。
「あの極楽蜻蛉に会いにいくのであれば、私に告げてください。それなりの手配をします」
「ありがとうございます」
 思わずちょっと笑ってしまった。やっぱり犬猿の仲のようだが、それでもこうして私にちゃんと気を回してくれるところは、さすがに鬼灯さんも人間が出来ている。鬼だけど。
「本当に、何からなにまでありがとうございます」
 改めてお礼を言うと、鬼灯さんはちらりとこちらを見やって、すいと目をそらした。
「まあ、食堂に彼らが来るかは分かりませんでしたし、あなたの来るタイミングが良かったのも事実ですよ」
 ちょうど閻魔様の広間の前までたどりつき、そこで鬼灯さんは体ごと私に振り返った。
「そういう訳なので、あとは貴方の自由に。私は確実にずっと、ここか執務室にいますので、用事があれば遠慮なく来てください」
「分かりました。でもたまに休憩はとってください」
「……善処します。では」
「はい。ありがとうございました」
 善処するつもりないな、この鬼神サマ。去っていく姿を見送って、私は深くため息をついた。
 


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