みなさんはカビと埃と古書のにおいの混じった倉庫に入ったことがあるだろうか。私はある。なんせ鬼灯さんと白澤さんがうちに居候してたとき、白澤さんにあてがった部屋はそういう部屋だった。
「いやー……思い出しますね、白澤さんが破壊した本棚……」
 デジャブか?と思うレベルであの部屋にそっくりな部屋、ここが私にあてがわれた部屋だ。因果はめぐるというやつだろうか。
「回想とかいいんで透子さんも片づけ手伝ってくださいよ、あなたの部屋なんですから」
「そうは言われましても」
 私は手持無沙汰に扉の横に突っ立って、本棚をわきに寄せる鬼灯さんを眺めたまま首を真横に折り曲げる。
「非力なおんみょーじなので力仕事は厳しいです。式神まだ修理できてませんし」
 あの怪力の、というと語弊も多々あるが、鬼灯さんがかなり力を込めて動かしている本棚だ。私ごときではびくともしないに違いない。というか根本的な問題として、これ私の部屋?お香さんが寮と言うからお香さんの部屋(蛇除く)みたいなものを想像していたのに、これ部屋というか倉庫、いや書庫。扱い雑かよ。
「本当はちゃんとした部屋を確保しようと思っていたんですがね、まあ色々ありましてここになってしまいました。すみません」
 心を読んだかのようなタイミングでそう言われ、私は半目になった。
「色々って何ですか、こんなに広い閻魔庁の寮に空き部屋一つもないなんでことはないでしょう。よりによって鬼灯さんの部屋に付随するかのような埃まみれの書庫をあてがわなくたって……」
 喋っていて途中で声が尻すぼみになる。鬼灯さんはまるで故意にこちらを見ないようにしているかのような体制で、依然片付けを続行している。その態度で合点が行った。
「なるほど、監視ですね」
 言ったとたんに、鬼灯さんがため息をつく。そして最後の本棚をがたんと壁に押し付けて、くるりと振り向いた。
「解答としては満点です。事実がどうかは別として」
 部屋に窓はない。囚人の独房ですら明り取りの窓ぐらいあるぞ。どうなってんだ。電気は天井に裸電球が一つ。暗いし空気はよどんでいるし、気が滅入ってくる。
「事実?」
「はい。もちろん、空き部屋はいくつかありましたが、素性の知れない亡者を受け入れるのを近隣居住者があまり良く思わなかったんですよ。だから、私の監視下におけるこの部屋をあなたの部屋とすることにした、……これが解答です」
 まあそうだよな、鬼灯さんと白澤さん、そして丸め込まれた閻魔大王となんだかよくわからないがあっさり受け入れてくれたお香さん以外にとっては、私はぽっと出の謎の亡者だ。自分で言うのは忸怩たるものがあるが、しかたない。
「それで、事実は?」
 鬼灯さんは肩をすくめて腕を組んだ。
「いいですか、透子さん。あなたは陰陽師だ。そして本来、陰陽師と鬼は敵対するものである。分かりますね?」
「ええ、まあ。陰陽師は基本鬼退治とかもやりますからね。でも鬼とは言っても鬼灯さんみたいなのは対象には含みません」
「知ってます。地獄にいる多くの鬼たちもそれは理解するでしょう、ところが残念なことに現世もここも、物わかりのいい者しかいない訳ではありません。透子さんに万が一があっては困ります」
「……つまり」
 今度は私がため息をついて肩をすくめる番だった。
「事実は私の保護。そういうことですか?……失礼ながら、鬼灯さん。ばかばかしい。私に保護が必要なように見えますか?式神さえ修理できれば無敵を自負してるんですが」
「透子さん」
「それとも今のが逆に建前で本当は私を監視したいんじゃありませんか?わざわざ御自ら率先して本棚をのけてまで?いったいぜんたいどうして私をここに連れてきたんですか、こんなことならちゃんと死んでおけば」
「透子さん!」
 強く両肩をつかまれた。長身の鬼灯さんはちょっと身をかがめるようにして、困惑した表情で私の顔を覗き込んでいる。困惑した表情とは言っても前提として表情筋が死滅しているので顔の変化は微々たるものだ。
「どうしたんです、あなたらしくもない。そんなに気に障ることを言いましたか?だとすれば謝ります」
 ですが、そう言って鬼灯さんは私をなだめるかのように肩を数回たたいてすっと身を引いた。
「まずは落ち着いて。深呼吸しなさい」
 言われるがままに一度、深い呼吸をする。途端に、何を口走っていたのか冷静に思い返して呆然とした。鬼灯さんはただ私を保護下に置くと言っただけだ。なのにそれに対する私の返答はいったいどうしたというのだ。混乱と後悔が入り混じって感情が容量オーバーになる。なぜか涙が飛び出しそうなのだけはなんとか引っ込めて、私は深々と鬼灯さんに頭をさげた。
「……ごめんなさい」
 なんにせよ文句があったとしてもここに住まずにはやっていけないのだし、よく考えなくても鬼灯さんの部屋に2、3歩で行けるというのは心強い。窓がないのだけはいただけないが、電気は替えればいいし、部屋はいくらでも改装できる。
「どんだけ頭下げ続けてるんですか、透子さん。とりあえず顔を上げて。大丈夫ですか」
 呆れたような声にひっぱり上げられる頭。私の表情がよほど情けなかったのか、鬼灯さんはまた一つため息をついた。
「疲れてるんでしょう。しばらく部屋の改造と式神の修理に専念していていいですよ。ベッドと机は手配しましたので、明日届くと思います。今日は私の部屋の布団で寝てください」
「……鬼灯さんは?」
「私ですか」
 鬼灯さんは目を閉じた。
「徹夜で仕事ですので大丈夫です」
 ……鬼灯さんのほうが大丈夫じゃなかったわ。



戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -