明日は明日の風が吹く、なんていうことわざがある。これはつまり、明日のことは明日考えればなんとかなるべ、というお気楽な意味なのだが、日本語なんて無責任なもんで、転ばぬ先の杖、とかいう正反対の意味のことわざもある。なんて適当なんだ日本人。

 「へえー、そんなことがあったんだね」
 白澤さんから鬼灯さんに引き渡されるやいなや連れていかれたのが、彼曰く閻魔庁、そして強制的に面会させられたそのリトル巨人が、彼曰く閻魔大王その人らしい。面会とは名ばかりで、実際は鬼灯さんがここにいたるまでの説明を延々と大王にしているのを、私は横に突っ立って聞いていただけだ。なんせ私の身の上話からなにまで懇切丁寧に全部鬼灯さんがしてくれてしまったのだ。私はひたすら薄ら笑いで頷くくらいしか仕事がなかった。
「それで、その……透子ちゃん。彼女を君の部下にってこと?」
「はい。もちろんよろしいですよね」
もちろんの部分にやたらと力を入れて話す鬼灯さんと、「それはいいけどさぁ」なんてたじたじになっている大王を見ると、主従関係がどうなっているのか疑わざるを得なくなってきた。そしてここにいたるまで一言も発していない私である。
「いいんだけどさあ」
大王がそう繰り返して、やたらとつぶらな瞳でギョロリと私を見る。その様子はなんかあれ、トトロとかそんな感じの生物に似ている。トトロは死神だなんて噂もまことしやかに流れてるし、それなら大王も似たようなもんだろう。
「彼女、悲惨な人生送ってるし天国に送ってあげたほうが……」
大王がそう言い切らないうちに、鬼灯さんがクワッと顔を濃くしてさえぎった。
「何言ってんですか大王。彼女ほど優秀な人材をなにもあの暇人の集団に突っ込むなんて、宝の持ち腐れにもほどがあるってもんですよ。いいですか大王、彼女が私の補佐になってくれれば、巡り巡ってあなたのためにもなるんですよ」
私としてはどっちでもいいうえにそろそろどこかに座りたい。薄ら笑いをキープしすぎて頬もひきつってるし、ついでに喉もカラッカラなので喋ったが最後100歳の老婆のような声しか出ないだろう。
「それはそうかもしれないけどさぁ……」
あくまで煮え切らない大王が、最悪なタイミングで私に話をふる。
「透子ちゃんはどうなの」
私はひくひくと頬を痙攣させながら、必死の形相で大王に笑いかけて、答えた。
「どっちでもいいんで水ください」
おお、キングコブラの威嚇音なみにガラガラの声だ。まあキングコブラの威嚇音とか聞いたことないけど。私の声と表情がさぞや恐ろしかったのだろう、大王は情けない表情になって、うなずいた。
「じゃあまあ、鬼灯君の好きなようにしていいから」

 かくして私を正式に補佐にしたてあげた鬼灯さんは、さすがにキングコブラを連れ歩く趣味はなかったらしく、真っ先に食堂らしき場所で飲み物を与えてくれた。真っ当な麦茶。そしてようやく落ち着いた私をしげしげと眺めて、鬼灯さんが次に下した決定は、私を風呂に入らせることだった。
 目が覚めた時には私の服はまともな状態に戻っていたし、体も無事になっていたものの、髪はよごれて重たくなっているしなにより気分がもやっとしているわで散々な状態だったので、シャワーをあびられるのは大変喜ばしいことである。それに目的はもう一つあって、私を着替えさせること。今の私は現世から着てきた身軽な洋装だが、ほんの少し閻魔庁を歩いただけでもそれがものすごく不自然なことには気づいた。なんせみんな和服なのだ。
 しかしどこに連れていく気だろうと、長い廊下を歩き続ける鬼灯さんの背を見る。その道服の背には、先ほどは気づかなかった謎の模様があった。
「……人魂?」
「逆さ鬼灯です」
つぶやいた程度だったが静かな廊下ではばっちり聞こえたらしく、鬼灯さんは振り向きもせずに答えた。そして立ち止まる。
「まあ、なんというんでしょう、私のシンボルマークみたいなもんですよ。ほら」
言ってゆびさすのは、廊下の突き当りのドアの上。逆さ鬼灯のマークが丸く打ち止められている。つまり、
「鬼灯さんの部屋、ですか」
はい、と鬼灯さんは頷いて、奥にひっこんでいるドアを開けて私をうながした。
「私の私用の風呂場を貸します。大浴場では何かと勝手が悪いでしょうから」
なんていう大盤振る舞いだ。閻魔庁が。補佐官の部屋は風呂付きなのか。しかしびびりまくって遠慮の言葉を述べようとすると、鬼灯さんはさせまいと私の背をおして部屋に入らせ、後ろ手にドアを閉めると電気をつけた。
「うわ、」
きたな!そう言うのをかろうじでやめることができた私を誰か褒めてほしい。正確に言えば汚いというか、散らかりすぎ。そのままフリーズしている私をほったらかして、その狭くはない部屋の奥の小さな扉を開ける鬼灯さん。
「散らかっていてすみませんが、書物は踏まないように。こっちが浴室です」
「はぁ……ありがとうございます」
踏まないのはたやすかったが、所々の金魚(かどうかは怪しいが)グッズや、なぜかクリスタルのヒトシ君に疑問符ばかりが浮かぶ。
 私を風呂場につっこんだ鬼灯さんは、扉を閉めながら振り向いて言った。
「適当に服を持ってきます。部屋の鍵はかけておきますので不審者は入ってこないでしょうが、何かあったらクリスタルヒトシ君以外なら武器にしてくれて構いませんので」
 では、と扉を閉める鬼灯さん。クリスタルヒトシ君大事すぎかよ。というか鍵のかけられた閻魔大王第一補佐官の部屋に押し入る猛者がいるとすれば、私のかなう相手ではない。
 私はあきらめて、ありがたく浴室を使わせていただくことにした。





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