「透子さん、困ったことになりました」
ああ、本当に。顔をあげると、敵意をむき出しにして護符をかまえた大人たちに囲まれていた。困った。
「その子に何をした、蛭子!」
ああ、ああ。やっぱりそんなところだろうとは思ってたけども。完全に私が悪いことになっている。
「やめて、父上!透子さんは悪くないんだ!」
私をかばおうとしたのか、男の子が声をあげるが、状況はよりいっそう悪くなった。
「マサハル、その女に誑かされたか!目を覚ませ」
マサハル、というのかこの子は。弱りきって肩をすくめると、ぽん、と頭の上に乗る手。ぐっと顔を寄せてきた白澤さんが、耳元で囁いた。
「強行突破で、いい?」
息が耳にかかってざわざわしながらも呆然と頷くと、白澤さんはふっと笑って一歩下がった。さて、何をする気かと思って振り向くと、私の視界にうつったのはとんでもない光景だった。

 獣型にもどった神獣が、いつもと変わらぬ声で私に話しかける。
「透子ちゃん、乗って。一気に戻るから」
3つの目がじっと私を見据えている。とまどっていると、ぐいっと腰に腕をさしこまれて、鬼神に抱え上げられた。
「何ぼさっとしてるんですか、行きますよ」
ためらいなく白澤さんにまたがる鬼灯さん、そしてそれを確認した白澤さんは重力など無かったかのように予備動作なしで空へ舞い上がった。不服そうな声が、白い毛の下から直にひびく。
「なんでお前まで乗ってるんだよ」
「はあ?頭でも沸いたんですか白豚。私があのままいたら透子さんに迷惑じゃないですか。ああ、元から脳みそには女と酒しかつまってませんでしたね、失礼」
「お前ほんと失礼だな?」
下を見ると、だんだんと屋敷が遠ざかっていき、豆粒ほどになり、やがて山の中に消えた。京都の町並み。マサハル君、大丈夫だろうか。
「透子ちゃん、大丈夫?酔ったりしてない?」
白澤さんが心配そうに問うので、私は思わず笑った。
「大丈夫ですよ、白良も一応空飛ぶので。…ところで白澤さん結構スピード出るみたいですけど、麒麟とどっちが速いんです?」
ぐらりと白澤さんがゆれる。
「透子ちゃん、やっぱり麒麟知ってるんだ?…そうだね、あいつと僕か……どっちだろうな、わからないや」
あいつ?麒麟をあいつって言いました?
「やっぱり知り合いなんですか?白澤さん、麒麟と知り合いなんですね?もしかして鳳凰も知ってるんですか?ねえ?」
ついテンションがあがって、そこらへんに生えてる角をつかむ。乗り出した体制になると、後ろから鬼灯さんの腕が回ってきて、しごく冷静に注意された。
「透子さん、落ちますよ」
おとなしく後ろに重心をよせると、今度は白澤さんがぶうたれる。
「僕が透子ちゃんを落とすわけないでしょ?お前だけ落とすぞ」
「残念、私はいま透子さんを抱いていますので、私が落ちるときは透子さんも道連れです」
「抱いっ、おま、透子ちゃんになにしてるんだよ離せ!」
「嫌ですよ私に命令しないでください」
「あの…」
二人がいつものごとく言い合いをするので、私は口をはさんでやった。
「別に落とされても、私には白良がついてるので問題ありません」
「……」
「……」
あ、黙った。


 私は、天龍院家当主、天龍院元景の三女として生まれた。とは言っても、二人の兄とは随分年が離れていてて、母は父の後添いなのだ。京都にある大きな屋敷のなか、私は当主の娘という地位によってかなり大きな部屋を与えられていたと聞く。自分では覚えていないのだけれど、そのころはまだ父も私を溺愛していたらしかった。
 その平穏な幸せが崩れたのは、私が3歳になったころ。母が病に倒れ、あっけなくこの世を去った時だった。
 天龍院透子は、鬼の子。忌み子。
屋敷のあちらこちらでそう陰口がかわされるようになったのである。そう、それは、母の能力。そして、私の能力。…私が怒ると、物が勝手に壊れる。私にだけ見える、赤と緑の螺旋は、それをまとわせたものを簡単に曲げてしまう。曲がれと願えば、ものがねじれてこわれた。どんな大きさのものでも、紙でも、木でも、鉄でさえも。母には制御できていたが、幼い私にはできなかった。
 だから、透子は蛭子なのだ。出来損ないの、忌み子。いつしか父親とは疎遠になっていた。私の存在を邪魔に思う取り巻き達が、そうした。
(ああ、兄が生きていれば)
兄達が交通事故で死んだりしなければ、そしてその直前に腹違いの弟がみごもっていたりしなければ。あるいは、安泰に暮らせていたのかもしれない。父親は、私の母の死後、再び後添いを得た。そして、その後添いは私のことが気に食わなかった。己の子は男子で、だから蛭子と噂される、しかも女の私などに継承権があるのが許せなかったのだろう。私が腹違いの弟を殺そうとしたという無実の罪をー巧妙にー作り上げ、その一件が私の立場を決定的に悪くした。
 父親はもう、生まれた弟に愛情がうつっていたし、その愛情ゆえに私への態度はどんどん悪くなっていった。そうだろう、父親は、私が弟を殺そうとしたのだと、勘違いしているのだから。
「お前に透子は預けられん。儂が連れて行く」
私が中学にあがろうというとき、ついに祖父がそういった。誰も、反対しなかった。だから、私は京都から出られた。関東で、祖父を師として暮らした。祖父は、他人には優しく、身内には厳しく、というひとだったから、私は随分と叱られたけれど、地域とのコミュニケーションはうまくとれていて、その関係は今でも続いている。陰陽師、という妙な職業で、妙な屋敷に一人でくらす妙な女である私が、こうまで普通に生活できているのは、近所の人たちのおかげだと思っている。

「そして、今日にまでいたる、ということです」
適当に私の過去を語ると、私の前に座っている二人の人外が、それぞれリアクションしにくそうな表情をした。と言っても、鬼灯さんのほうはもともと表情筋が死亡していらっしゃるので、相変わらずガン飛ばされてるような気しかしないのだが、それはご愛嬌だ。
 あれから恐るべき速さ、具体的に言うと30分弱ぐらいで家に戻ってきた私達は、というか私は、すぐさま二人に膝詰めで問い詰められることとなった。そして、今にいたる。
「ま、私はべつに自分の出生とか経歴とかこれっぽっちも気にしてないんで、お二人もお気になさらず。別にリアクションもいりませんから、とりあえずご飯にしません?私いますごいおなかすいてるんです」
しれっと言い放ってみる。よしこの一言で空気を変えるんだ私、いけるぞ私。
私の言葉なき祈りはとどいたようで、二人はよっこらせ、とか言うわけでもなく立ち上がる。鬼灯さんが冷蔵庫にむかって歩きながら、まあ、と言った。
「まあ、亡者のなかにも壮絶な人生たどった人もいますからね、私からは特に感想はないです」
「さいですか」
ほんともう、この鬼神どうしてくれようか。



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