陰陽師、なんて言うと平安時代らへんのイメージが強く、今はもうそんなのいないでしょ、と決めつけられることがようようある。
そんな簡単に決めつけないでほしい、という不満のようなものは多少あるが、確かに陰陽師と縁遠い生活をしている人ならそう言うのもしかたがないのかもしれない。
…とまあこれは私怨の入った意見であるが、つまりのところ私は陰陽師なのである。
 天龍院家、という割と由緒正しい、そしてとても「それっぽい」名字の陰陽師家に生まれた私は特に疑問もなく陰陽師として修業をさせられ、陰陽師として育ってきた。今は故あって一人実家からは離れて暮らしているが、本家は京都にある。
 天龍院 透子、これが私の名前だ。

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 真昼間に妖気を感じるのは珍しいことではないが、こんなに強大なものに出会うのは初めてだった。しかも、人のあふれかえる街で。いや、強大な、というと語弊がある。正確に言えば「強大な妖気を押し殺したような、小さな妖気」だ。挙動不審にならない程度に視線を動かして出所をさぐる。

…いた。

 人の形をしている。後姿は春物のコートにキャスケットをかぶっていて、ぱっと見ただけでは長身、という情報以外記憶にも残らないような姿だが、…私の目をごまかせると思うなよ。
 鞄から封じ札を取り出して握り込む。そのまま歩調を速めて人影のすぐ後ろについた。周りから見えないように、右手に握り込んだ札をその背中におしつける。封じ札、というのは正式な名称ではないが、要するに妖魔の類の力を封じるための護符だ。
…これで、動きは封じられたはず。
小さな声で尋問しようとしたところで、そいつが振り返った。

「……何ですか」
しばらく無言で見つめ合うことおよそ10秒、そいつが口を開く。無駄に良い声をしている。そんなことはどうでもいいが、…何故、
「…お前、動けるのか?」
自慢じゃないが私は陰陽師としてだいぶ優秀だし、だから私の札も相当威力はあるはずだ。…なのに、こんな、歩調も変えずに歩いたままで、なおかつ何事もなかったかのように平然と振り返って話しかけてきやがりましたかこの妖魔?
「はあ、まあ。別にこれといって不自由はありませんよ。…強いて言うなら多少息苦しいですが」
封じ札ですか、それ。
しれっと言ってそいつは立ち止まる。しまった、うかつだった。唖然として歩いているうちに路地裏に来てしまった。

 どうも札は効果が薄いようなのでとりあえず私はその得体のしれない妖魔から離れることにした。ポケットに突っ込んだ左手には式を握っている。
私が離れたことで体ごと振り返ったそいつの顔を観察すると、悔しいことにかなりの美形だ。何を考えているのかは分からないが、そいつはだんまりを決め込んでしまった。再び沈黙が落ちる。

…推測するに。

「お前、鬼神か。何でこんな所ふらふらしてるんだ」
 私の知る限り一番こいつに近い妖気を持っていたのは鬼で、このレベルの鬼ときたら選択肢はそれくらいしかない。だが、鬼神が現世を用もなくふらふらしているなんてことは万が一にもありえない。
「何で、と言われましても…諸事情により地獄へ帰れなくなりまして」
…はあ?、というのが私の今の心情だ。声に出なかったのが不思議なほど。
「要するに、あなたは地獄から来て、戻れなくなったと」
「その通りです」
すんなりと肯定されていっそ笑ってしまう。迷子かよ。
「迷子ではありませんよ。携帯も繋がらないので、何らかの異常事態が発生したのではないかと」
「…声にでてた?」
「……いえ」
一瞬の沈黙は肯定だ。さっきみたいにすぐに肯定すればいいのに。っていうか携帯って。
「今の地獄はずいぶんハイテクなんだな…」
「ええ。テレビなんかもあります」
「あ、そ」
読めてるよ。携帯があるならそりゃテレビもあるだろう。

 とりあえず、そこらにいる妖魔のように人間に危害を加えたり、暴れたりすることはなさそうだ。冷静すぎるほど冷静だし、脇に抱えている荷物もだいぶ重量がありそうなので突然何かする、ということはないだろうと判断する。…荷物?
「あの…その荷物…」
「ああ、これですか。現世には三泊四日の日程で来ていたのでその荷物です」
「旅行かよ…」
「まあそんなもんです。他に用がないなら私はこれで」
「待て待て待て待て」
さっさと踵をかえして立ち去ろうとした妖魔もとい鬼神を引き止める。何か、とでも言いたげに振り返るそいつに、問いかけた。
「行くあてはあるのか?」
あるなら別だが、諸事情とやらで地獄へ帰れないのならそのへんをうろつかれては困る。妖気にしろ霊力には変わりないのだから、そのせいでごろごろ悪霊やらなにやらが増えるのだ。
「ありませんが」
当然のように言われて、やっぱりな、と溜息をついた。
「なら家に来い。金はいらないし私は一人暮らしだから、帰れるあてがつくまで面倒みるよ」

 沈黙。…いや、正直こういうのは本当に嫌なんだけど。
けど放っておいて懸案が増えたそれはそれでいい迷惑だ。鬼神は一瞬間をおいて体ごと振り返った。
「現金の持ち合わせは尽きてしまったのでそれは願ったりかなったりですが、…あなた、自分の性別に自覚は?」

 しばらく押し問答になったが、そんなに私の世話になるのが嫌か?!と言うとおとなしく引き下がった。
鬼のくせにやたら他人に気を使うものだなと言うと、大事ですからね、モラル。と一言でやっつけられた。それはそれでどうなんだろう、というつっこみはさておき、めでたく?私は今日から鬼神と同居することになったのだった。



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