東京駅まで出て、新幹線に乗ってびゅーんと京都に向かった。大阪からバスに乗るあいだも、家からずっと私は黙ったままだった。ついてきてもらった二人には申し訳ないが、今の私は楽しくおしゃべりをする気分ではないのだ。そんな私の空気を読んだのか、鬼灯さんも、白澤さんでさえも、ここまでほとんど何も言葉を発していない。こんなところで、二人が現世慣れしているのに感謝した。
 本家に一番近いバス停からおりても、相当歩く。行く時間はきちんと伝えてあったのに、迎え一つよこさないところに、本家の私に対する本心が透けて見える。幸いなことに道順は覚えていたので良かったものの、これで迷子にでもなったらどうするつもりだったのだろう。
 本家のやたらと大きな門にたどり着いて、不似合いなインターフォンを押すと、一分も待たないうちに中から門が開けられた。
「透子様とお連れの方ですね、お伺いしております。東のお部屋を準備してありますので、そこで身支度を整えてお待ちになってくださいとのことでございます」
引きつった笑みを浮かべた歳若い女性に案内されて、控室に向かう。広い敷地内を移動する間、ちらほらと通りかかった人たちが嫌な表情を浮かべ、または小声で悪態をついていく。皆一様に和服だ。私は極力、案内してくれている女性の背中だけを見るようにしていた。きちんと和服を着てさっさと歩いて行くこの女性は、見覚えがないので、私が出て行ってから雇われたかしたのだろう。
「こちらでございます。時刻になりましたら、お呼びに伺います」
私と視線を合わせないように苦労しながら、その女性はひとつの部屋を指し示して去っていった。

 小さくはない部屋だ。12畳といったところか。入り口はふすまだが、現代風に改良されていて鍵がかかるようになっている。奥には障子とガラスの大きな窓、振り返ると入り口の上には龍をかたどった見事な欄間。中についたてがひとつあって、手前には3つの籠、中には和服、おそらくそれに着替えろということなのだろう。
「とりあえずしばらくは放置されるでしょうから、さっさと着替えちゃいましょうか」
二人に向き直ってそう言うと、二人は無言のまま頷いた。
 ついたてをひっぱって、私だけ奥に行かせてもらう。籠のなかには、浄衣。着慣れたその衣装を身にまとうのにそう時間はかからなかった。まだついたての向こうで衣擦れの音がするので、しばらく座して待つ。そういえば鬼灯さんは、地獄では道服なのだとか言っていたような気がする。二人にどんな服が用意されたのかはっきりとは確認しなかったけれど、同じ和服なら彼は慣れたものだろう。道服は正確に言えば漢服?とでも表現するのだろうが、作りとしては同じことだろう。だが白澤さんは、はじめに訪れた時からずっと白いチャイナ服を着ている。和服の彼、というのには興味があった。
つらつらとそんなことを考えていると、少し気が紛らわされた。ついたての向こうから呼ばれて、出て行く。
「う、わ…」
思わず言葉を失った。
二人は、濃い色の袴を履いていた。よく時代劇で見るような、あれだ。そして、恐ろしく似合っている。カッチリと崩さずに着こなしているのに、この色気。
「…似合わない?」
白澤さんが不安そうに聞くので、私はぶんぶんと頭を横に振り回した。
「めちゃくちゃ似合ってます!もう!それはとても!とても似合ってます!すごいです!」
息が苦しくなってきて、一つおおきく深呼吸する。二人共似合いすぎだからもう私生きてるのつらい。
よかった、と笑っている白澤さんのとなりで不機嫌そうに立っている鬼灯さんが、ちらりと私に視線をくれて、腕をくんだ。わお、威圧感。185cm男がさらにでかくみえる。角も耳も隠さずにいるものだから、なおさらだ。ここへ来るまでかぶっていたキャスケットはとってしまったらしい。
「それで、透子さん。そろそろ聞かせてくれませんかね。……蛭子、とは、なんなのか、ね」
低い声のトーンをさらに下げて、ゆっくりと息をはさみながら言われて、さすがに逃げられないかなと悟る。白澤さんも止めようとしないあたり、潮時かもしれない。
覚悟をきめて、長い長い話をしようとした時、タイミングがいいのか悪いのか、ふすまの向こうから呼ばれた。
「当主がお待ちです。おいでください」
さっきの女性だ。鬼灯さんが忌々しげに舌打ちするが、女性は構わずにさっさと歩き始めた。




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