翌日。なんだかんだと言いながらひっきりなしに世話をやいてくれた二人のおかげで、平常より3割増しぐらいに元気になった私は、はりきって悪霊退治に、…出かけるはずもなく、ダラダラと家にこもっている。二人共自分の部屋に引きこもっているので、居間でねころがって適当に書物など読んでいると、突然呼び鈴が鳴った。
大慌てで上着を羽織って玄関に出ると、緑の帽子をかぶった宅配便のおにーさんが所在なさそうに立っていた。判子いりますか、とちょっと戻りかけながら言うと、いやいいですとやけに必死に声を張った。どうしたんだ。
「すげえ立派なお屋敷ですねえ。いや、すんません、郵便です」
礼を言って、トラックに乗っていく青年を見送った。どうやら屋敷の大きさに気後れしていたらしい。
 そういえば依頼に来る人達は、いつもやたらと腰が低かった。確かに私が陰陽師だっていうこともあるし、依頼人という立場もあるのかもしれないけれど、今考えればこの屋敷の威圧感ってかなりのものなんだな…物心ついたころにはもっと大きな屋敷に住んでいたので、何も感じなかったのだが、そちらのほうがおかしいのだろう、世間一般で言えば。
 部屋に戻りながらふと封筒を見ると、宛先は私の名前で、差出人は天龍院元景、となっていた。


「京都?え、まあ僕はかまわないけどなんで急に」
お二人共、明日私と一緒に京都に行きましょう、と開口一番言うと、白澤さんが首をかしげた。
「ちょっと本家から呼び出しがかかりまして。どうもお二人がここに居候しているのがバレちゃったようで、挨拶に来いと」
それに、私に顔見せに来いという意図もあったのだろう。最後に本家に戻ったのは数年前だ。中学を卒業してから、お正月にすら帰ってはいない。
…誰が好んであんな針のむしろになど帰るものか。
「ほう、娘におかしな虫がついたから挨拶しにこさせてそのまま潰す魂胆ですかね」
鬼灯さんが面白がっているような口調でそうのたまった。あくまで無表情なので真意のほどはわからないが、とりあえず額面通りに受け取っておく。
「そんなんじゃないですよ、父は。ただ私を監視しておきたいだけなんでしょうから」
「監視とはまた、穏やかじゃないですね」
「ええ、まあ。…色々と事情がありましてね、私はあまり父に好かれていないので」
おそらくもっと何か尋ねようとしたのだろう白澤さんが、一瞬躊躇したタイミングで、私はさっと立ち上がった。あまりつっこまれたくない内容だったし、どうせ本家に戻ったら雰囲気からさっせられてしまうようなことでも、二人に改めて説明するには心の準備が足りない。二人もそれを推し量ってくれたのか、結局は何も言わずに口を閉じた。
「ささ、日帰りとは言っても京都ですからね、お二人共適当に準備しておいてくださいよ。私は新幹線予約しますから、明日は朝4時にここを発ちます」
明るく笑ってそう声をかけると、二人は何もなかったかのようにいつもの雰囲気に戻ってくれた。

 夕方まで何もせずに時間をつぶし、明日は早いからということでいつもより早めの夕食にいつもより早めの入浴、そしていつもより早い就寝となった。
 寝なければ寝なければ、と思えば思うほどに頭は冴えてきてしまって、気づくと本家のことなど考えている。この屋敷より数倍広い屋敷は、ちょっとした山の中で、屋敷の一番高い建物からは確か二条城が見えていた。おやつ時に出される八ツ橋のことなどもふと蘇ってきて、ついでにちょっとおみやげでも買ってこようかなという気になる。関東に出てきてから、生八ツ橋などほとんど食べる機会はない。それでもスーパーに行くと京都銘菓なんかが並んでいたりするから、今の時代は本当に便利になったものだ。
 父は元気だろうか。手紙には簡潔に、本家に訪ねに来いということしか書かれていなかったから、京都の屋敷の現状を知るすべは無い。父にいい思いは無いが、それでも親子という繋がりは断ち切ることが出来ない。きっと、父が死んだら少しは悲しんだり、
「…するかな」
…しないかもしれない。ああ、でも、祖父の息子が死んだという視点でなら少しは悲しむかも知れない。
「お師匠様」
相手のいない人称を口先から空中に浮かせて、その余韻にふと自嘲する。師匠であった祖父が、私の父親代わりで、母親代わりだった。母が死んでから、注がれるはずだった愛を凝縮して私に与えてくれた、太陽のような祖父。祖父を看取ったのは私だけで、それなのに葬式は京都で盛大に行われた。私は行かなかった。恩知らずの娘だと言われたかもしれないが、盛大な葬式に出席する意味などない。葬式が盛大ならそれほどに、私の席は端へ端へと追いやられ、祖父の顔を見ることすら無く返されるだけなのだろうから。
…程なく私は、眠りに落ちた。

 混沌とした夢だ。そういえばいつも見ていた夢は、これだったのかもしれない。
 曲がる曲がる、曲がる。目に入る何もかもが曲がる。曲がれ曲がれ、曲がってしまえ。魔がれ。
天井までもが曲がって、轟音を立てておちてくる。遠くで女子供の叫び逃げ惑う声。ああ、それなのに私は笑うのだ。楽しそうに、笑うのだ。緑と赤の、私だけに見える螺旋。魔がれ、曲がれ。魔が触ったら、曲がるのだ。さあさあ、曲がれ。
 落ちた天井板のはしから、白い腕がのぞいていた。助けを求めるように折れ曲がった腕は、赤い血のなかに沈んでいる。曲がれ、と願うと、白い指が赤と緑の螺旋をまとってぐちゃりとねじれた。それを見て、笑っている、幼い私。

 汗だくになって飛び起きる。目覚ましがうるさく鳴っている。それを止めて、私は頭をかかえた。
 朝だ。




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