昼になって、来客があった。いそいで鬼灯さんと白澤さんを違う部屋においやって、客間に通す。その客は、若い母親。要件は、…依頼。



「それで、娘を寄越せと言ってくるんで?」
「はい」
若い母親は震えながら頷いた。最近ずっと同じ夢に悩まされているらしい。なんでも、近所の公園に、無いはずの裂け目が出来て、そこから現れる異形に、6歳になる娘を寄越せとおどされるそうな。私は真剣に頷いた。
「分かりました。それで、その夢をどうにかすればいいのですか」
母親は目にいっぱい涙をためて私にすがりついた。
「おねがいします、天龍院のお嬢様、どうか、どうか、娘を」
守ってやってください、と。
 内心で私はため息をついた。これは、相当厄介だ。母親がここまでとりみだすのには理由があろうが、本人はパニックになっていてきちんと説明ができていない。白澤さんなら一瞬でしずめて話を聞けるのだろうななんて思ってしまって、そんなことを考えた自分に愕然とする。しっかりしろ透子、あの神獣様の話は今してない。
「それで、どうして娘さんがそんなに危ないと思われるんですか」
必死でなだめてすかして、なんとか聞き出したことには、娘さんが夜中に起きだして、「行かなくちゃ」などと言い出すらしい、ということ。どこにと問う母親に、件の公園と答えるらしい。「おおきいのが、待ってるの、私を呼んでる」と娘がいうので、母親はついにその夢が、ただの夢ではない、そして、なにか危険なものだと思い始めたらしい。
「分かりました」
笑顔を作る。
「お任せください。その異形、わたしが確かに鎮めましょう」
芝居がかった仕草で一礼すると、母親は安心したようにえぐえぐと泣きだした。なだめてすかして母親を帰らせるのに、1時間。憔悴しきって、私はふらつきながら居候二人を部屋に呼び戻した。



 お疲れ様です、とまず鬼灯さんにねぎらわれる。
「いやー透子ちゃんってやっぱ陰陽師なんだね」なんて上機嫌でうそぶく神獣様をぶっとばしたくなったのは秘密だ。それがいかな理不尽かというのは考えるまでもない。
 こうして時々、祓いの依頼をうける。ありあまった生活費は、それのお礼にと、必要以上に依頼料をおしつけられるからだ。
テレビをたれながしにしたまま、ぐたりと机に伏せる。疲れた。依頼を聞くのには慣れたが、こうして取り乱す依頼人をなだめすかすのには体力がいる。
「今夜あたり、いってみようかな」
つぶやくと、夕食の準備をしている鬼灯さんが台所から振り返った。
「その公園にですか」
もちろん、と答えると、机の向かいに座っていた白澤さんが、へらっと笑った。今の位置関係だと、こちらを向いて座っている白澤さんをなめて、背中を向けた鬼灯さんが見える。
鬼灯さんがまな板に向き直って、そのままの姿勢でさらに問いかけてくる。
「行って、何を?」
「もちろん、その異形を鎮めるんですが」
下見しないんだ、と言ったのは白澤さんで、多分鬼灯さんも同じことを言いたかったのだろうと思う。
「まあ、6歳の娘さんをよこせと言ってくる…っていうところで大体目的は分かりますからね。それならこちらにも幸い、ちょうどいい策があるので」
あ、もちろんいつもこんなにぶっつけ本番ではないです、と付け加えた。さすがにそこまで無鉄砲だと思われてはいないだろうな、と鬼灯さんのほうを窺うと、明らかにさきほどより肩の線が緩んでいて、…つまりそう思ってたんですよね?ちょっとそれはさすがに傷つきますけど!さすがにそこまで無鉄砲じゃないんですけども。
 いじけても仕方がないので、適当に話題をふって白澤さんとお話することにした。いや、正直この神獣様は知識量が豊富で、話していて面白いのだ。端々に感じる、女慣れした空気はともかく。
 ふとテレビに意識をそらすと、タイミングがいいのか悪いのか、料理のできる男性の話題になっていた。


「それで、策というのはなんなんですか」
冗談のように美味しい麻婆豆腐(鬼灯さん作)を頬張りながら、視線をあわせると、鬼灯さんがもう一度同じことを言った。いそいで口の中のものを飲み込んで、答える。
「だって、小さな女の子を欲しがるなんて、食う以外にないでしょ?嫁にするならもっといった少女を欲しがると思うんです」
…ロリコンな異形でないことを祈っている。文献にも、ロリコンな妖怪なんてのっていなかった。ちなみに自分で使っておいてあれだが、ロリコン…ロリータコンプレックスって実は13歳とか16歳あたりの少女好きの事を言うらしい。記憶があやふやだが、たしかもっと小さい子が好きなのは、アリスコンプレックスとか言うんだった気がする。
ほう、と鬼灯さんが相槌をうってくれたので、続ける。
「だったら、こっちから差し出せばいいんです」
「ちょっと待って透子ちゃん、」
「いや、別にあの女性の娘さんを使うっていうわけじゃないですよ、当たり前じゃないですか」
慌てたふうに口をはさむ白澤さんに、そう断りを入れると、それに乗っかる感じでまた鬼灯さんが白澤さんをからかった。
 白澤さんのおかげで身についたスルースキルを発動させて、その隙に晩御飯を頬張る。役に立つじゃん、スルースキル。白澤さんありがとう。
「それで透子さん」
やっとひと区切りついたのか、鬼灯さんがうながすので続きを話そうとして、口を閉じる。鬼灯さんが明らかに、何か話そうとしていたからだ。
「それで、透子さん。私たちも、ついて行こうと思うのですが」
その言葉を理解するのに、たっぷり20秒はかかった。
何に?ついてくる?ついてくるって、付いてくる?どこに?…公園に?
「……何が目的だ」
…結局、口から出てきたのはそんな台詞だった。


 そして、今に至る。
鬼神様と神獣様をしたがえて、夜の公園デビューだ。楽しくないこと甚だしい。そりゃ、もう。
とりあえず異形がでるとしたら丑三つ時だろうと適当すぎる見当をつけたら、鬼灯さんも白澤さんも特になにも言わずに賛成してくれたので、信じることにする。もしこれで異形が現れなかったら、二人のせいにしようと思っている。責任転嫁バンザイだ。
 たったひとつぽつんと立っている照明は時計を照らしていて、目をすがめて針を読めば、午前1時50分。あと、10分。
 しばらくそのまま立っていたが、いい加減気になって、ずっと沈黙している二人を振り返ると、二人ともそろって私を凝視していて、…びっくりしましたが何か。目つきの悪い鬼神と、めずらしく無表情の神獣。ここで思うことじゃないのは百も承知で言わせてもらおう、二人って顔の作りそっくりだよね。つりあがった目とか、特に。

 時刻は、午前二時。




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