見事なまでに無言な私と鬼灯さんに、白澤さんがきれた。
「なんだよ?!君らがやれって言ったんだろ?!」
正確には私だけだが、まあそうだ。確かに私が頼んだ。鬼灯さんは止めてはこなかった。だが、…これはなんだ。
「…未確認生物」
「猫!」
私の頭でかろうじて認識できた単語を口に出すと速攻で否定された、が、私はこれを猫とは認めない。断じて認めない。
「いやいやいやいやおかしいでしょ?!なんで猫に鼻あるんですか?!っていうか足とか小学生が描く鳥の足じゃないですか?!猫?!」
マオハオハオちゃん、とか命名までなさった神獣様は満足気にしている。だからやめたほうがいいと言ったのに、と後ろで鬼灯さんがぼやいた。
 …まあなんだ、大量の荷物を抱えて家に戻ってきた私は、まさかこんなヤバイものが精製されるなんて1mmも思わずに、鬼灯さん曰くの“神獣らしいこと”をやってくれと頼んでしまったのだ。その結果が、このプルプル震えながら案外大きめの声でニャーンと鳴く未確認生物なわけだが。
「これ消えないんですか…」
生まれて(?)3分もたたないが、正直これをずっと眺めるのは遠慮したいところだ。しかし、白澤さんは無情にも、
「ああ、これね。しばらくは断固として消えないよ」
なんてぶったぎってくださった。
「うーん昔からこの技は上手くいかないんだよね。ほんとはもっと颯爽と動くはずなんだけど」
明白すぎる理由に突っ込む気も失せていると、鬼灯さんが代わりにやってくれた。
「お前の絵が下手すぎるんですよ。せめてこの世に存在する物体を描け、茄子さんに習え」
「えーでもあの子は褒めてくれたもんねー」
「残念ながら私にはピカソの良さがわからないので」
「どういう意味だよ」
長引きそうなので止める。この二人、本当はとんでもなく気が合うんじゃないだろうか。
「これ紙なら燃やしたりできないんです?」
ああ、と白澤さんが首をふる。
「消えない消えない。三日間ぐらいはつきまとう」
神がかった嫌がらせだ。え、でもやっぱり、
「…でも白澤さん、水で動かしてましたよね、水分とばしたら消えたりしないんですか」
「あー、うーんどうなんだろう。まあ透子ちゃんがやりたいなら試してみてもいいけど…どうやって?」
「まあそこは、陰陽師なので」
鬼灯さんがちょっと何か言いたげにしたが、問うと別になんでもないですと返された。
とりあえず、術者のお許しがおりたので試すことにする。
 特に難しい術式は必要ない、簡単な言霊。軽く精神統一して、刀印をきる。
「…水よ、土に還れ」
成功すれば、マオハオハオちゃんとやらは塵になる、はずだったが。
ぐらり、と景色が歪んで、強烈な圧力が全身にかかった。あ、やらかしたなこれ。耐え切れずに膝をつく。
「透子さん」
「透子ちゃん」
二人がほぼ同時に名を呼ぶ。焦った声の白澤さんとくらべていささか落ち着いた声音の鬼灯さん。…が、返事などしている場合ではない。これは、呪い返しだ。対象の水分を抜き取るという凶悪な術が、跳ね返ってきた。あの猫、やはり神獣によって生み出されただけあって、強固な呪術的な壁を持っていたらしい。己の霊力を総動員して術にあらがう。
「透子ちゃん!」
大きく叫んだ白澤さんが、次の瞬間私を抱きすくめた。その体温を感じたとたん、圧力が消えた。術から解放された。
「透子ちゃん」
ひどく不安げに名を口にされる。ああ、きっと。
「…ありがとうございます、すみません」
きっと、このひとの神気に浄化されたのだ。あたたかな体温と共に、気が送り込まれる。聖なる気、神気。
「いいよ、大丈夫?しばらくこうしてようか」
うずくまった状態の私を抱え上げて、白澤さんは畳に座り直す。一瞬宙に浮いた私の脚は見事におりたたまれて、白澤さんの嫌味なぐらい長いコンパスにインされた。身長の問題なんだと思いたい。
ニャーン、と鳴いた哀れな猫(仮)は多分今鬼灯さんにまとわりついているらしく、盛大な舌打ちが聞こえた。
 しばらく全員が無言のまま、おそらく10分弱。あやうく寝そうになっていた私は必死に意識を引き戻して、白澤さんから離れた。ありがとうございます、と礼を言うと、いいよ全然、楽しかったし、と返された。何を言っているんですかあんたは。
「鬼灯さんもすみません、止めてくださったのに」
「いいんですよ、どうしてもと言うのなら仕方ありませんし」
ぶっきらぼうな声におもわず身を小さくすると、白澤さんがまあまあ、と割り込む。
「別にいいよね、この子は僕の部屋に入れておくから、気にしないで」
「あ、そういえば」
部屋といえば、あの大惨事だった白澤さんの部屋(仮)はどうなったのだろう。聞くと笑顔でうなずいたので、一応確認に向かう。
「文句なしに綺麗ですね」
「でしょ」
「まあ二時間もあればこのくらい当然です」
せっかく褒めたのに、鬼灯さんがそんなことを言ったので台無しだ。とりあえず、買ってきたものを運び入れて、白澤さんがまとめておいてくれた書物を離れに運ぶ。力仕事を任せて気付いたのは、白澤さんも案外力持ちだということ。鬼神様にはかなわないみたいだけど。
 神獣の居候準備をすべて完了させた頃には日が暮れていた。そのまま就寝、ということになったがここで揉めたのがお風呂の順番。私が先、というのは決まってしまったようだが、二人がお互いに譲らない。もはや意地になって先に入ろうとしているものだから、最終的に脅した。
「もし1分以内にどちらが先に入るか決めなかったら、霊力と式神を駆使してふたりいっぺんにお風呂入れますから」
 ーこうかは ばつぐんだ!
さっと真顔になった二人は、今までの言い合いが嘘のように、一瞬でじゃんけんしてお風呂の順番を決めた。それで私の経験値も上がった。そうか、二人を黙らせるにはこうすればいいんだ。
 おやすみなさい、と、昨日より一つ気配の多い家で眠りにつく。っていうか、まだ鬼灯さんがうちに来てから二日目だったんだ、と今更のように思った。気分的には一週間ぐらい過ぎた感じ。
…これから賑やかになるな。
そんなことを思ったのを最後に、私の意識は眠りに吸い込まれた。



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