池袋の街を黒いコートとバーテン服の青年が走り回る。
自販機や郵便ポストが空を舞うのは池袋の住人なら見慣れた光景で日常だ。
バーテン服の青年―平和島静雄が追いかけ、黒いコートの青年―折原臨也が逃げる。


「クソノミ蟲〜!待ちやがれ!!」
「そんだけ投げても一個もヒットしないんだから諦めなよ!シズちゃん!!」
「なめやがって…!!」


自販機や郵便ポスト、標識にガードレール…
二人が現れることによって、街の備品が次々と破壊されていく。
他の街や国から池袋へ遊びに来た者達にとって、この光景は非日常という存在なのかケータイのカメラで二人の攻防戦を撮っているのは無駄にオシャレをした若者や明らかに日本に観光に来ました!的な外国人ばかりだ。
こうして見ると池袋の住人かそうでないかの違いがハッキリと分かる。
池袋に住む住人にとって、二人のデンジャラスな鬼ごっこを目撃するのは最早、日常なのだから。


「俺は今日、シズちゃんに会いに来た訳じゃないんだよ?お仕事だよ。オ・シ・ゴ・ト!っていうかそんなに俺に会いたいの?うわー俺って超愛されてるー!!ま、シズちゃんに愛されてると分かったところで虫酸が走るだけだけどねっ!!!」
「そーかそーか。んじゃ、そのオシゴトついでに少し黙ってくんねえかなぁ?いーざーやーくんよぉ。」


道路標識を片手に持ったシズちゃんとサバイバルナイフを片手に持った俺。
今日も池袋を代表する俺たちの戦争が始まった。


「黙れと言う割りには今日のシズちゃんコントロール悪いよ!!いつもなら少しはあたるのに!」
「お前が逃げるからだ!そこに突っ立ってろ!!」


シズちゃんはそう言うと同時に近くにあったガードレールを引き抜いた。
さすがにこの距離で投げられたらとてもナイフでの防御は不可能。
…そう思ったときにはもう遅かった。いやシズちゃんが早すぎたのだ。


「ぐっ…」


シズちゃんの振り回したガードレールが俺の腹にクリティカルヒットする。


「…当たったな。」
「たま、たま…でしょ?」


あくまでも平気なふりをした。だってシズちゃんなんかに負けたくなんかないから。
苦しいが我慢出来ない訳じゃない。
俺は急いで体制を立て直し、ナイフでシズちゃんの肩を切り裂いた。

瞬間、シズちゃんは後ろへと飛躍した。
でも当たらなかった訳じゃなく、シズちゃんの肩口から血が飛び散ったのが見えた。


「…あ?」
「は…、やっぱり…、5ミリしか刺、さらな…いんだね…血が滲むだ…けなんて、つまんない、の…」


やっぱりまだ苦しくて、息が絶え絶えになる。
気を失うことこそ無いがまともに戦うことが出来ない。
少しだけぼんやりし始めた頭をフル回転させた結果、最良手段として浮かび上がったのは

「シズちゃんから逃げる。」

だった。
息を整え、逃げ出す準備が整ったところで俺は口を開いた。


「さて。ガードレール当てられたから満足でしょ。俺もいつまでもシズちゃんの相手してる暇ないからさ!!じゃあね〜」


…完璧だ。
黒いコートを靡かせ、シズちゃんに背を向けてダッシュ。
…したのはいいのだが前に進まない。
嫌な汗が背中を伝うのと同時に俺は壊れた人形のようにギギギ…と背後へ首を回した。



にっこり。



一言で表すのならそれが正解。俺の前では滅多に笑わないシズちゃんの、初めてみた、満面の笑顔。


「つーかーまーえーた。」


本気でシズちゃんの笑顔が怖いと思った。
いつもなら気持ち悪いだの、なんだのと悪態をつくことも出来たが当のシズちゃんは俺のコートのフードを掴んで空中へ持ち上げている。


「…あややや?服が伸びちゃうよ、シズちゃん!!」
「マイルは『シズちゃん』とは呼ばねぇ。」
「え、ツッコミ所そこ?…てか、そろそろ離してくんない?首痛いんだけど。」


コートの襟が首元に食い込んで痛い。
窒息はしないがそろそろ宙ぶらりん状態から解放されたいものだ。


「…離したら手前は逃げんだろ?」
「…当たり前。」
「じゃあもうしばらくこのままだな。」


シズちゃんは俺を空中に上げたまま手をあげようとしてこなかった。
殴るなり蹴るなり投げるなり、好きにすればいいのにぶら下げて下から俺の顔を見ているだけだ。


「ねぇ、何がしたいの。殴るなり蹴るなり投げるなりすればいいじゃん。捕まったんだからそれなりの覚悟は出来てるよ?」
「いや、殴ったり蹴ったりは正直飽きた。だから手前は別の方法で痛め付けてやろうと思ってよ。」


…別の方法?
この宙ぶらりん状態の事とは思えない。
じゃあ何か別のことをされるのかとも思ったが、シズちゃんはビルの物陰で俺をぶら下げたままだ。


「…なんか、こうしてると手前はネコみてぇだよなぁ。」


母ネコに連れていかれるような、とシズちゃんはまた訳の分からないことを言い出した。


「ま、逃げるネコには首輪が必要だろ。」
「…知らない。いい加減離してよ!!離せっ!!」


そろそろ空中生活もうんざりだ。
途中に首輪はどうの聞き捨てならない台詞を聞いたような気もするが無視して、取りあえず俺はさっき切り裂いたシズちゃんの肩を足を振り上げて蹴った。
ダメージなんか皆無だと思ったが傷口があったせいか思ったより効いたらしく(効いたと言っても少し力が緩む程度だが)俺はその隙を狙って10分振りくらいの地上へと降りた。


「てめ…やりやがったな…」
「油断するシズちゃんが悪い。油断大敵、だよ。…でさぁ、さっきの首輪って何のこと?」


シズちゃんから何を投げられても逃げられるように少しだけ離れたところでさっきの疑問点を問いかけた。


「首輪?…もうついてるじゃねえか。手前の首に。」


嘘だ。
つけられた記憶なんかない。


「シズちゃ〜ん、俺のこと好きだからって嘘は良くないよ。」

つけられた記憶はないが一抹の不安に駈られたので無いと思いつつ近くにあった窓ガラスを見つめた。「……っ!!!」
「な、ついてんだろ?」


窓ガラスに写った俺の首には赤紫色の鬱血の後があった。
それも首輪のように半周の。
コートをずっと持ちあげていたのはこれをつけるためだったのか。


「最っ悪だよ…!!」
「ま、せいぜい飼い主に愛想着かされないようにするんだな。」
「誰がっ…!!」


精一杯の復讐の意を込めてナイフをシズちゃんの腹に突き刺そうとしたが当のシズちゃんはそれを片手で受け止めて「消えそうになったらまたつけてやる」と呟いて去っていく。

すごく認めたくないけれど今日の聖戦は負けた気がした。