「ねー千歳ー」

「なん?」

「千歳ってゲイなの?」

「……は?」


あたしのパソコンでニコ動を見ていた大きな背中にそう訊くと、千歳は首を捻ってあたしを振り返った。眉間に深く皺を刻んでいて困惑した顔をしている。面白い顔。あたしはベッドに寝っ転がったまま読んでいた雑誌を差し出して見せた。千歳は面白い顔のまま膝立ちでずりずりと近付いて来る。開いたページの上部にはでかでかと『ピアスの場所とその意味』と書かれていた。特集コーナーだ。女性と男性で全く意味が変わってくるらしくなかなか面白い。そして可愛らしい枠で囲われた文字をなぞって見せると、千歳はますます顔を歪めた。


「…男の左耳ピアスはゲイの印ち、なんねこいは」

「そのまんまじゃん。だから千歳に訊いたんでしょ」

「…俺はゲイじゃなか」


千歳はピアスをつけた左耳に触りながらなんだかげんなりと呟いた。ゲイって言われるの、そんなに嫌だったかな。雑誌を見下ろして視線で字列を追う。因みに女の右耳ピアスはレズの印らしい。まああたしはピアス開けてないんだけどね。雑誌で顔の下半分を隠して千歳を見つめる。千歳はじとっとした目であたしを睨んだ。


「なんねそん顔は」

「別に〜?千歳がゲイなら、どんなのが好みかなって」

「だけん俺はゲイじゃなかっち言よるやろうもん」

「まあまあ、因みに白石と謙也だったらどっちが好き?」


からかうつもりでニヤニヤしながら訊いてたはずだった。はずだった。もう一度言いましょう、はずだったのだ。顔半分を隠していた雑誌を取り上げられてはっとする。

千歳の顔がぐっと近付いて、くちとくちがくっついた。

シャーペンで突いただけみたいな、点の目になった。鼻息もばれちゃうような睫毛のぱしぱしって音も聞こえちゃうような、ものっそい近い距離に千歳がいる。超至近距離で視線がかち合ってる。瞬きも出来ない。ちょ、ま、近い。近いよこれ。やばい。いきができない。


「俺は、ゲイじゃなかよ」

「……」

「よか?分かった?」

「わ、…わかっ、た」

「ならよかと」


満足そうににんまり笑って千歳はあたしの頭に雑誌を被せた。そのまままたパソコンに向かうでっかい体。パソコンからムスカの高笑いが聞こえる。その様子をぼんやり眺めて、唇を噛み締めた。誰だよ左耳ピアスがゲイの印だとか言ったの。





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