生徒会長×他校生徒会長
「では、委員会予算は以下の通りに。不備がありましたら、四日までに連絡をお願いします」
資料を纏めたファイルを閉じながら、副会長が言った。
司会進行を勤める彼がクセともいえるその動作をしたなら、会議が終わる合図だ。他の委員長や部長たちがそれを見て音を立てないようさっと帰宅の準備を始める。
「あ、それから。来週から学校交流会のため姉妹校から生徒会の方々が来校します。一週間滞在することになりますから、各委員会部活共々失礼のないよう呼び掛けを。風紀はこれから見回り順路を決めるので――」
ガタン!
副会長の声を遮って大きな音が会議室に響いた。
なんだなんだと生徒たちの視線が移動し、ついには副会長の真横に注がれる。俺もつられてついと視線を傾けた。
副会長の左隣、俺の右隣に偉そうにどっかりと腰を下ろしていたはずの生徒会長様は、どうやら慌てて立ち上がり椅子を床へ倒してしまったらしい。
珍しいと言えば珍しい。威風堂々、王様、上から目線と俺様何様生徒会長様をこなしていた彼が、副会長の言葉を遮ってまでなにを慌てたのか。
「なにかありましたか?」
「会長、どうしたの?」
俺と副会長はほぼ同時にそう聞いた。副会長がぽかんと口を開き目をぱちくりさせていたのを見て、自分も同じような顔をしているだろうかと少し気になった。
しかし会長はそんな言葉を聞こえていなかったようで、まるでこの世の終わりを見たように顔を真っ青にして首を横に振っている。
何事かと周囲もざわつき始めた頃、彼は小さく呟いた。
「……おれ会長やめる」
一瞬にして水を打ったように静まり返った教室で、泣きそうに顔を歪めた会長は脱兎のごとく駆け出した。
「――――ええええ!!??」
それが数日前の『生徒会長脱走事件』。のちのち学校の歴史で代々語り継がれることとなるらしい。
俺は知らないけどね。
#
『救助を要請する。三秒でこないとお前の片想いの相手をばらす』
と脅しまがいの救助要請電話を会長からもらったのが三分前のこと。
無事たどり着いた生徒会室の前には、わずかな人だかりができていた。
我が学園の生徒会役員たちと、学校交流会のために姉妹校からやってきた生徒会の皆さん。あわせて十には満たない程度だったが、何分みな顔がよろしいので無駄にきらびやかなオーラが集団をいっそう暑苦しく……いいや、より目立つものにしていた。
「みんな何してんの?」
なんとなく状況は理解していたが、とりあえず片手を上げて笑顔で、さも偶然を装って近付く。
会長からの脅しはもちろん脅威であったが、力の差が目に見えるようであったら――つまり会長が圧倒的不利であり勝利すら無謀であったなら――もちろん乗り換えるつもりだった。
「その、会長が引き込もってしまいまして」
他校の生徒会が居る手前、言いづらそうに副会長が言った。
ああそりゃ大変だねえと軽く返しながら、さてどうしたものかと首を捻る。
会長はなにから助けてほしかったのだろう。
生徒会室の扉を三度ノックし、呼び掛けた。
「かーいちょー、俺だよー」
「!か、会計か……っ」
中から細々とした声が聞こえてきて、少しばかり返答をためらった。誰だこれ。ほんとうに会長だろうか。いつもの高慢たる態度はどこへいったのか、まったく覇気のない気の抜けるものだった。
「そだけど、なに。どうしたの?」
「……アイツは側にいるか……?」
「アイツ?」
ってどいつだ。
振り返れば話を聞いていた両校役員も同じように首を傾げている。
はて、皆見に覚えはなさそうだ。わけが分からずにもう一度会長に訊ねようとした所で、
「お前らどうした、こんなとこで」
いまの会長とは真反対の、気だるげそうな野太い声が耳に届いた。
振り返れば髪を茶髪に染めて僅かに立たせた巨体がのっしのっしと廊下の向こうからやってくる。
着崩した制服や耳に光るピアス、身につけているシルバーアクセサリーを見て誰が生徒の見本たるべき長を勤めているとわかろうか。
なにを隠そう彼こそが姉妹校の生徒会長だった。
自分もさして変わらない格好ではあったが、まず体格が違う。ああちょっと遊んでそうだなと思われるくらいが俺で、不良のようで怖いなと思われるのが彼だ。名前はたしか桑原といった気がする。
「えーっと、会長が、ちょっと」
へらりと笑って言葉を濁す。野生の熊を相手にしているかのような緊張感だった。いや野生の熊なんて見たことがないけれど、きっとこんな感じなんだろうなと思った。
「ふーん」
それを聞いた桑原会長は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。何を思案しているのか読み取れないまま様子を窺っていると、生徒会室の無駄に装飾のこった両開きの扉を前に小声で「いけるな」と呟いている。
それから彼は先程俺がしたように、扉をこんこんと叩いた。
「まーつーりーくーん」
「ひっ……」
扉の向こうから引きつった声が漏れた。
まつりというのは会長の下の名前だったはずだが、この男はまさか会長と知り合いなのだろうか。
「なにをしてんだ?ここで」
「…………っ」
返答はなかったが、会長の怯える雰囲気がありありと伝わってきた。隣の副会長が心配そうに眉を潜めている。
「生徒会長がなにをやってるんだ」
「……う、うるせえ!俺は会長やめたんだよ!」
ほう?と方眉を上げた顔はそれでも余裕綽々で、こりゃ会長負けるな、と心の中で頷いた。
「俺がこの学園に来た時も顔を出さねえし、顔合わせの時も体調不良で居ねえし、寮へ迎えに行っても部屋はもぬけの空。しかもそれが三日間。その理由がもう生徒会長じゃないからだあ?そもそも恋人として成すべきことがあんじゃねーのか?」
「だだだ誰が恋人か!お前が勝手に決めたんだろ!」
「ああ?」
「ひいいっ」
ガタガタっと中からなにかが落ちる音がした。
きっとこんな会長が見られるのはここだけだと直感した俺はさっとケータイを取り出す。
「さっさと出てこい」
「いやだ!」
「早く」
「いやだあああ!!」
自称恋人宣言をされてから出ないという決意を殊更に固めたようで、会長は断固として譲らない。
俺はその間にムービーを立ち上げ録画をしっかりと始めていた。
曲げない会長にしびれを切らしたのか、桑原は今日一番の笑顔を浮かべる。
「十秒以内に出てこないと……」
「っ!」
ふっと左足に力を入れた会長の自称恋人は、その足を軸に右足をぶんと回し――強烈な破壊音と共に生徒会室の扉を蹴り破った。見事な回し蹴りに、見守っていた役員たちはおおっ!と声をあげる。
「――こうだ」
木片がぱらぱらと飛び散り、粉砕された扉がきぃきぃと歪んだ音を立てる。
その奥に、扉を開けようと手を伸ばした状態のままぺたんと尻餅をついた、泣きそうな顔の我らが生徒会長を見つけた。
桑原会長と比べると黒髪に軽く緩めたネクタイもまだ可愛いものだ。まさにライオンとウサギ。いいや熊と鮭。
とりあえずこの短時間でわかったのは、うちの会長と桑原会長は知り合いだったと言うことと……化け物がこんな身近に居たという二点である。
「会いたかったぜまつり」
そんな化け物会長は腰を抜かす会長に歩み寄り愛しそうに眺めると、彼をぎゅうと抱き締めた。
あの怪力で力強く抱き締められれば骨の一本や二本軽く折れてしまいそうだが……。
あ、会長が白目剥いてる。
「会計、扉の修理費はこちらでしょうか」
副会長がぽつりと訊ねてきたが、聞こえないフリをした。
俺しーらね。
* * *
▼恒例の花言葉タイム
茉莉花(ジャスミン):温和・愛嬌・愛らしさ・清純・無邪気・素直・あなたについていきます
桑:すべてが好き・ともに死のう
2012,1231.生徒会長受けアンソロ企画。