それを恋とは呼ばない




八式 衣澄 (ヤシキ イズミ) …不良
烏杜 純人 (ウモリ スミヒト)…一般生徒



「んっ、ぐ、……っ、」
太ももの付け根からじんわりと広がった熱は、徐々に身の内を駆け巡り痛みとして脳に届いて体を震わせる。逃れようと身体を捻るも、腸内に入り込んだそれが許さず後を追って穿たれた。びりびりとしたそれは痛みとは反対の快感だ。わからない。どこもかしかも刺激ばかりで、靄のかかった思考で上手い脱走計画だなんて考えられなかった。視界は誰かの精液で曇っている。半ば暗い目の先に写るのは、己の血と、手を伸ばそうとしけれど掴めない腕の、先だ。もう、手がなかった。すがることさえ許されない。ただひたすらに刺激を受けるしか、ない。
「お前、最高の餌だよ」
囁かれた耳元に、飛び込むげひた笑い声。それでも思い通りになってやるものかと、次はお前らの番だと、精一杯に睨んでやるのだ。
心など折れるものか。腕がなくとも足がなくとも、足掻いて、もがいて、いつか必ず、見返してやる。


ひゅ、と息が途切れて、水面へ引き上げられたような浮遊する感覚で目を覚ました。はっと目を見開いた先から光が入り、眩しさに思わず眉根を寄せる。体がじんわりと汗で濡れ、倦怠感が蠢いて指先までが重い。不快感に眉根を寄せ、舌打ち一つ。そのまま寝てしまおうと手近の布を引き寄せ顔を埋めた。

「すまない。起こしてしまったか」

頭上からほんの少し申し訳なさそうな色を含んだ声が、そっと降ってくる。微睡みに染みるような落ち着いた低音に、危うく再び眠りに引き込まれそうになり、しかしと寝惚ける思考を振り払った。

「……ちかい」

じっと睨み付け、なるべくと低い声を出して不機嫌を示せば、彼はその仏頂面の強面を少しだけ緩ませ、僅かに眉をハの字にした。どうやら困っている、らしい。最近、ようやっとその感情がわかるようになってきたのは、俺が感情の機微に気付けるほどに彼と居ることに慣れてしまったのか、それとも彼の表情筋が柔らかくなったのか、どちらだろう。
隣の温もりが僅かに身じろぎし、こちらの顔をうかがい見ようと体を寄せてきたのを感じて思考を中断した。更に近くなった距離に、もう一度舌打ち。

「別に、お前のせいなんかじゃ、ねーよ」

唇を尖らせ、視界からその無表情を外す。そもそも、どちらが正解であっとしても自身の好ましい変化とは言えなかった。彼にとって俺は、自分の欲を満たすためだけの物であれば良かったはずなのに。

「そうか。俺がキスをしたせいで起きたんじゃないのか。良かった」
「はあ?」

ぽん、と溢された言葉に、思わずと間の抜けた声が出た。頭の中で、何度も何度も噛み砕いて飲み込むまでに、彼は再び同じ言葉を繰り返す。

「お前にキスをした」
「な、」
「すまない。綺麗だったから、思わず」

平坦な口調も鉄仮面もいつも通り色がない。けれど、どうしてか喜んでいるような雰囲気を感じて、少しだけ身を引く。だって、そうだろ。そういうのは、きっと、恋人にするものだ。勿論、俺たちは恋人じゃない。友人でもない。なら、なんと呼ぼうか。

「そういうこと、言うな」

考えを振り切るように、俺は勢いよく上半身を起こす。そして、呆けたような顔をして追って身を起こした彼の胸に、手を宛てる。

「いずみ」

彼は、躊躇いがちにこちらの名前を呼んだ。
厚い胸板は、静かに温もりと鼓動を手のひらへ伝えてきた。自分のここは一度、どうしようもない絶望と宛て所ない憎悪とで真っ黒に染まった。いいや、きっと今も黒いままだ。時おりそれが胸元で燻るのに、気付いている。でも、それでも一時、彼と過ごす一時だけ。会話で、或いは痛みで、忘れることができる。
友人ではない。そして、恋人ではない。俺はそんな言葉、信じない。

「俺とお前は、食うか食わすか。そうだろ?」

表情乏しい彼の視線に伏せられた感情も、言葉も、知っている。それでも、信じない信じられない。
それならいっそ、今ある事実だけ受け入れたい。

「はやく俺を食えよ」

それだけで繋ぎ止められるなら、言葉のお飾りなんていらない。

「……ああ」

彼は、少しだけ悲しそうに目を伏せた気がした。けれど、ゆっくりと受け止めるように頷く。

「俺が食べるのは、お前だけで」
「俺が食わせるのは、お前だけだ」

今は、それだけでいい。
首筋に歯が立てられるのを感じながら、胸のうちの熱を掻き抱いた。



pixivにまとめた「食人鬼×超回復」の8と9の間くらいの話。
2016.1216.

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