そりゃもう絶句した。
いつも通り中庭へやって来た佐原と喋っていて、途中席を外した数分間に。

「だ、だれだおまえはっ」

佐原が小さくなっていた。
しかもぴくぴくと動く猫耳つきで。

「……は」


ぬこみみスイッチ!


ベンチにちょこんと座って怯える黒髪は、佐原の顔に似ていた。キリリとした顔立ちも丸みを帯びて、まさに子供時代を見ている気がする。

高校生男児が突然小学生か園児くらいの大きさになるなんて有り得るだろうか。
いやないだろうと周囲に目を配らせるも、佐原が隠れている様子はない。

「こ、ここっどこだよっだれだおまえっ」
「おめーこそ誰だよ」

耳をしゅんと垂れさせながら警戒するチビッ子にずんずんと近付くとひあーと声を上げられた。
そうだな、ガキは苦手だ。

「どっかいけ!ばーか!」
「うっせえな。……ったく、佐原どこ行きやがった」

舌打ちと共に佐原を恨む。佐原だったらガキの扱いも、俺よりはマシであろう。

「……」
「…………オイ、なに見てやがる」

すると自分の右手にじっと視線が注がれている事に気が付いた。
右手には、先程買った缶ジュースが握られている。先刻はそれを買うために席をはずしていたのだった。
勿論二つ買ってあって、俺はコーラで佐原がお茶である。

「……飲みてえの」
「――べ、別にそんなのいらねえし」
「名前言ったらやるよ」
「いらないっていってんだろ!」

耳がぺしぺしと上下に動き、口をつんとさせてそっぽを向いてしまう。

「あーもったいねえなあ。俺が二本飲むしかねえなあ」
「…………」
「でも二本も飲めねえしなあ」
「っ」

ぴくんと耳が動く。おもしれえ。
チビの隣に腰を下ろし聞こえよがしにコーラのプルタブを引けば、ぷしっといい音がした。
その瞬間チビがばっとこちらを振り向き、ベンチをべしべしと叩く。

「おれがもらってやる!」
「名前は?」
「んんー!」
「な、ま、え」

叩きながらもこちらに手を伸ばすチビをひょいとかわして尚も食い下がれば、やっとの事で口を開いた。

「すみれだ」
「……佐原か」

やっぱり。佐原がチビになったんだ。
こういう場合連れていけばいいのはどこだ?病院か?
しかし猫耳が付いているとなると人の病院では無理そうだが。

「さはら?」

俺がまだ掴んでいるというのに、その上から小さな両手で缶を傾けてちびちびとコーラを飲むチビが首を傾げた。
つーかお前、それコーラだぞ。佐原はお茶が好きだろ?

「佐原じゃないのか?」
「おれはすみれサマだぞ」
「ちげーよバカ」
「なっバカはおまえだっ!」

缶からようやく目をはなして、きっと俺を睨んでくる顔はやはり佐原で。
……わからない。

缶から手を離すと、ばっと缶を奪ってコーラを飲むのに集中し出したチビにため息をこぼす。
チビを見ていて自然と目がいくのは、やはり頭上でぴくぴくと動く猫耳だった。
チビの髪と同じ黒色の耳。
そろそろと手を伸ばしてちょん、と触れると柔らかかった。
反応を窺うも、チビは飲むことに集中しているようで必死にこくこくと喉を潤している。
大丈夫そうだと納得して、今度は大胆に手のひらと一緒にふにふにと弄ってみれば、ほんわりと温度が伝わってきて本物だという実感が沸いた。

「なんで耳ついてんだよ」
「けぷっ」
「げっぷで返すな」

小さくほーっと息を吐くと、チビはあろうことか俺の膝へよじ登り丸くなる。
飲みかけの缶はベンチの上に放置だ。溢すぞ。

「オイ寝るな」
「うー」
「猫かお前は」

いや猫だったな。耳を見て、ああそうだと納得してしまう自分に落ち込んだ。
自由気まますぎて付いていけず、寝ていた方が静かだろうと判断する。 早く寝かしつけるためにゆるく頭を撫でればな、気持ち良さそうに顔が緩んだ。

佐原もいつもこうであったらいいのに。








「……い、……おい、一条」

聞き覚えのありすぎる声が自分を呼び、意識がすっと浮上した。
周りを確認すれば、いつもの中庭である。どうやら寝てしまったらしい。
そして、

「……なにしてんだお前」
「こっちの台詞だ」

俺の膝の上に腰を下ろし、上半身をこちらに預けてむすっと俺を見るのは、紛れもなく佐原だ。
小さくなく、猫耳もついていない。

「お前がホールドしてるから抜けられないだろ!」
「……ああ」

見れば、佐原の胴体に両腕を回して抱き枕みたいにしていたようだ。
すまんと謝って手を離してやれば、ちょこちょこと動いて俺の横に腰を下ろした。

「ったく、」
「悪かったって…………あー、変な夢見た」

ゆめ?と怪訝そうな顔をして佐原がこちらを見る。
だよな。なにもない、ただの夢だ。

「――あ、オイ。缶をここに置いとくなよ。溢すぞ」
「…………は」

佐原がそう言って手にしたのは、開封されたコーラの缶。中は飲みかけ。
あのチビ佐原が飲んだのだと思い出す。

「どうした?固まって」

そう言う佐原の顔はあのチビそっくりで。

「……夢だよな」
「はあ?」

やはり佐原は怪訝そうな顔をした。




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